2010年4月 5日 (月)

すべての道はローマに通ず

こんにちは、狛犬です。突然ですが・・! このたび狛犬は
この記事を最後にブログメンバーから離脱することになりました。

最初の記事が2006年9月1日。3年半もの間、支えてくださった皆様、
お世話になった方々にはこの場をかりて心から感謝いたします。

今という瞬間を燃焼させて人生を駆け抜ける人に憧れつつも、
私は決断ができない人間で、いつも迷ってばかりいました。
しかし、悩み迷い続けながらも振り返ってみると、すべては今に
つながる道となっていることに気付かされることがあります。

高校時代は何となく理系のクラスにいたものの、工学部、理学部
といった将来の進路に全く実感が持てず最後まで悩んでいたのですが
そんなとき著名な建築家・槇文彦さんの『見えがくれする都市』
という本に出会いました。この本で「都市を読む」ことの面白さに
夢中になり、大学の進路は迷わず建築科に決断しました。

そんな動機で入学した大学ですから、建築設計より都市のリサーチ
の方が面白いという学生で、まわりが設計事務所やゼネコンに
就職する中、ここでも就職という進路には大いに悩みました。

好きなことを仕事にしたい。そこに踏ん切りがつきませんでした。

そんなとき出会ったのがマーキュリー。不動産×マーケティング!
面白いことができそうだとピン!ときて、入社したのが2006年。

このブログでは殆ど仕事の話はしませんでしたが、入社後の私は主に
不動産開発のマーケティングが仕事だったのですが、ひょんなことから
Webサイトの企画に携わる機会に恵まれます。そこでの経験から
いつしかサービスの企画がメインとなり、今に至ります。

社会的企業家という肩書なんてなくとも、そもそも社会的な課題を
解決するのがビジネスであって、そこにビジネスの社会的意義が
あるわけです。この意味で、企画を通してサービスが評価される
過程を肌で感じとれること。それはかけがえのないやりがいです。

はじまりは一冊の本でした。しかし今では企画の面白さに開眼して
しまうという“ハプニング”・・・そんなわけで、人生は
何が起こるかわかりませんし、いかに不毛と思える現状が
あったとしても、それは必ずどこかにつながる道だと思います。

狛犬は4月より別の道に行くことになりましたが、目指す方向は皆が
同じはずです。またどこかでお会いする日を楽しみにしつつ頑張って
いきたいと思います。

Img_0181_3

ありがとうございました。

狛犬

| | コメント (2)

2010年2月 1日 (月)

Bon Courage , Haiti !

Itunes_haiti_2

iTunes Storeから届いたメール。

500円寄付しました(マクドナルド一食分でしかない!)

Appleだけでなく、GoogleYahoo!はてな等をはじめ
同様のWebを介したチャリティの仕組みがあります。

数千万〜数億人のユーザを抱えるウェブコミュニテイにおいて
こうした慈善が可能であることは非常に素晴らしいと思います。

ひとりひとりの極めて微小な貢献が世界規模で結束され大きな効果を
発揮する。グローバルな情報インフラとクレジット決済のネットワークと
巨大なWebコミュニティの存在があって初めて実現が可能な、現代的な
新しい流れのひとつと言えるように思います。

このようにWebならではの強みを活かして社会的・政治的な諸問題を
解決しようとするサイトはたくさんあります。いずれもWebならではの
透明性(成果の見える化)が特徴なサービスが多く、そのことにより
ユーザのロイヤルティを高める仕組みが内在化されています。

・日本のクリック募金といえばここ
 「チャリティ・プラットフォーム」

・不要な指輪を送る→金属として換金→寄付
 「good by rings」

・4択クイズに正解すると、お米10粒分が寄付される
 「FREE RICE」

・途上国の井戸建設を手がける寄付プロジェクト
 「charity: water」

・収入の80%が熱帯雨林保護に。右下数値は保護された熱帯雨林面積。
 「Ecosia」

・建築のプロボノ(=プロによるボランタリーワーク)系サイト。
 建築家が集まり空き時間をボランティアでプロジェクトを手がける
 「The 1%」

・途上国の社会企業家に個人融資できるマイクロファイナンス。
 「Kiva」

震災などではどこの報道よりもTwitterでの情報が最も即時性が高く
世界に情報が拡がったという有名な逸話がありますが、Twitterや
iPhoneの普及で携帯電話経由のハイチの募金が全米で1600万ドル突破
というすごい実績も。情報が世界を駆け巡る伝搬スピード、そして
クチコミの力は今後ますます強力になっていくでしょう。

このような動きが世界を変える可能性を秘めているのかもしれませんね。

ともあれ、ハイチの方々に一日も早い安定と幸せを願ってやみません!

| | コメント (0)

2009年12月 7日 (月)

無人島の"ABC"

編集長より年末特別企画と称し、難題が課されました。

テーマ、「無人島に1つ持っていくなら」。

こ、これは・・人類永遠のテーマ、キタ━━(゜∀゜)━━!!!
いつか聞かれるときが来ると覚悟はしていたものの、
社窓ブログで公開審問にかけられるとは。

ところがいざ考えてみると、どれにしよう何にしようと決めかねる
というよりむしろ、何も思い浮かばない‥というより、むしろ
この際、何ひとつ持っていきたくない!というのが本音だったり。
放てば手にみてり、ケ・セラ・セラ。

無人島。これまで実に多くのスリルとサスペンスとサバイバルが
繰り広げられてきました(金田一少年の活躍の舞台は無人島だった)

TVもラジオも車もガスもピアノもバーも電話もギターも喫茶も集いも
映画もディスコも雑誌も電気もねぇ。おらの村にはなにもない。

モノより何より人間が誰ひとりとしていない。孤独の究極・・?

近代的な孤独という概念は20世紀初頭にエドワード・ホッパーが見事に
表現したように、都市生活者としての孤独、文明人としての孤独であって、
いかに愛し合い心が通じてるように思えても、そもそも人間という存在は
根源的には絶対的に「個」なる存在でしかありえないといったような
あくまで社会的なるものへの対立概念としての孤独というものでした。

Hoppernighthawks_2
Edward Hopper. Nighthawks (1942)

この意味では逆説的にも無人島においては孤独の概念すらありません。

孤独であること、一人であることは、生きる上での与件でしかなく、
孤独である以前に生活をすること、生活すること以前に生きることが
何よりも優先されるような環境です。

そんな環境に一生を過ごすハメになったとしたら。

幸運にも一つだけ何か持っていくことが許されるのだとしたら。



Britannica_2


私は「百科事典」を持っていきます♩

まず、この分量を見てください!!大いに暇つぶしになります。

無人島で辛いのは寂しさではなく「退屈」という名の怪物です。
野生の猫と戯れる前に、まず退屈さを飼いならす必要があります。

百科事典があれば、かつて自分が所属していた人類というものの歴史、
ー素晴らしいことやバカらしいことーに思いを馳せることができる。

退屈を飼いならし、幽玄に流れる時間のリズムに慣れること。
そこでやっと無人島における本当の「生活」が始まります。

このときにも百科事典は僕らの味方です。そこには火の炊き方から植物、
動物や天気のこと、建築から化学まであらゆる実践的な知識を教えて
くれます。毒きのこを食べなくてすみますし、運がよければ、お茶や
コーヒーで一服するなど、箱庭文明的な生活を送れるかもしれない。

経済価値体系における価値は希少性から生まれるという原則は実に
普遍性の高いメカニズムで、人工の中にあって人間は自然を再現しようと
躍起になるのに(ex,日本庭園から老荘思想、エコとかロハスとか)
自然に放り込まれると、今度はそこに人工を再現したがるという皮肉。。

House_2

永住はいやだけど一度は体験してみたい、そんな無人島生活。

極限状態を想定することで、何が本当に大切なのかが見えてくるものです。

価値があるようにみえる殆どのものが本来は無価値な幻影であることが
否応なしに露呈します。色々見つめなおすことにもなる面白い機会でした。
(ビジネス書なんて無人島では最も無価値なもののひとつですから)

それでは(まだ1ヶ月ありますが)今年も一年本当にお疲れ様でした。

少しお早いですが皆様、よいお年をお過ごしください。

狛犬

| | コメント (2)

2009年10月 5日 (月)

大ウェブ時代の実存的不安

■ネットで話す友人、正体はプログラム!

今年3月、滋賀県内の大学2年の男性(20)は
いつものようにツイッターを見ていて、友人の異変に
気づいた。その日、友人による男性あての書き込みが
かなり的外れだったからだ。面識はないが、朝の
あいさつを書き込み合う程度の仲。不思議に思った
男性は友人のプロフィルを調べて驚いた。友人は、
別のユーザーが作った「ボット」だったのだ。

ボットとは自動的に作業を行うプログラムで、
「ロボット」が語源。検索したり情報を流したりと、
さまざまなタイプがあるが、男性の友人は会話型の
ボットだった。男性は「えっ? て感じでした。
ボットのことは知っていましたが、身近に現れるとは
思いませんでした」と苦笑する。

ボットの実態は明確ではないが、カナダのソーシャル・
メディア分析会社「Sysomos」が8月に発表した
リポートによると、上位5%の活発なユーザーを調べた
ところ、投稿数の32%がボットによるものだった。

出会い系サイトなんかではバリバリ活躍してるんでしょうか。2ちゃんねる
みたいなツッコミマナーがある意味ゲーム化・制度化されちゃってるような
コミュニケーション空間は相性がよいだろうし、むしろ住人の半分以上が
ボットでも普通にメディアとして成立してしまえそうな気もします。

ところが会話プログラムなんてものすごいスピードで賢くなっていて
口コミサイトとかCGM系サイトはボット排除という名の新種のスパム対策に
明け暮れる時代がくるのかもしれませんね。商品レビューの大半がボットに
よって自動生成されたものだったということにもなりかねない。

会話のパターンは人間とまったく見分けがつきません。むしろ人間より
よほど気の利いたレスポンスをしてくれるかもしれません。

極限まで賢くなったボットを我々は見抜けるのか?

Dora1_3

ひょっとしてお前、ボットか?

Dora2_3

お前こそボットだろ?

Dora1_3

そういうお前こそボットだろ?

Dora2_3

そういうお前こそボットだろ?

 ・

 ・

 ・

以下無限ループ。。(実はどっちもボット。)

『 アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の世界はすぐそこです。

Dora3

| | コメント (1)

2009年8月 3日 (月)

「消費者とは何を消費しているのか」試論‥みたいなこと

ある日のこと。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
会社を出て帰路につく。久々に早く帰れたので、本屋に立ち寄る。
気になる本が何冊か見つかる。マーケティング関連の専門書を1冊、
旅行雑誌を1冊(連休に充実した旅をしよう!)、それからちょうど
週末はすることがないのを思い出して暇つぶし用に小説も購入する。

まだ陽が明るい。喫茶店に寄りひと息ついて買った本を読む。
読書にも飽きてきたので、iPhoneでネットサーフィンをしばし。

夕食を作るのが面倒なので、献立は近所のカレー屋のテイクアウトで
済ます。ニコニコ動画○ショナル○オグラフィックの番組を
ぼーっと見ながらカレーを食べる。初音ミクのパロディ動画を見る。
カオスティックなくだらなさに全てがどうでもよくなったところで
目覚ましをセットして寝る
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

こんな何も考えてない一日にふとひらめいた。

「僕らが消費しているのは、カレーでもでもない。

消費の対象は「時間」以外の何ものでもない!

まー当たり前のことだけど。旅行を計画するのも、珈琲を飲むのも、

勉強するのも、仕事をするのもしないのも、金を稼ぐのも、すべては

時間を有効に使うため。充実した時間を過ごすため。暇を潰すため。

消費の行きつくところは「時間」であります!!そんな我々、

時間コンシューマーにとって教条はタイム・イズ・マネー。

このことをマーケターの皆様は意識するべきかもしれません。

すなわち「マネー・イズ・タイム」の発想です。

上述のiPhoneやニコ動はモノ・サービスが優れている以上に

「時間を消費する装置」としての卓越性にこそ注目に値します。

ヒット商品の分析をよく目にしますが、どれもデザインだったり

機能だったり、未だにモノ自体の特異性や卓越性にフォーカスした

プロダクト・アウト的な発想に立脚して解説されていたり、

消費財以外のサービスやWebコンテンツについても、この機能が

すごいだとか、このデザインが感性に訴えるだとか、

プロダクト・アウト的な発想で企画されがちなのは

マーケティング理論の功罪か否や。

競合との差別化でもなく。単なる利便性でもなく。

お金を消費させるためには・・・・・

いかに時間を消費させるかを考えなくてはならない。

そんな発想もありえるように思いました。キーワードは時間消費。

これからはタイムマーケティングの時代(・・・かもね。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月 5日 (金)

災難に遭ふ時節には・・

災難に遭ふ時節には、災難に遭ふがよく候、死ぬ時節には
死ぬがよく候、是はこれ災難をのがるる妙法にて候 かしこ

良寛が71歳の時に大地震に遭遇し、知人が見舞いの手紙をくれた。
その手紙に対して良寛が書き送った有名なテクストです。

これは「成り行きを自然に任せよ」的解釈がされていることが多いですが
良寛がれっきとした曹洞宗の禅僧であることを考える必要があります。

不立文字
これは禅の目指すべき境地のひとつでもあります。
即ち言葉の意味というドグマに囚われない境地のこと。

何かの現象を見てそれを「災難」と思うのはその人の心に他ならない。
災難だと思えば「災難から逃れること」に固執する心が生まれる。
この「固執する心」があるから人は現実を歪めて眺め、それに嘆く。

何ものにも囚われない者は、あるがままを見、受け止める。
(災難だ!とも思わないし、ツイてる!とも思わない。)
ただその時どきでするべきことをするだけである。

禅僧である良寛にとっては「災難」という考えすらなかったのでは
ないでしょうか。そのようなニュートラルな禅の心を持って生きること、
これが良寛の「災難をのがるる妙法」なのだと狛犬は解釈しています。
我々のような煩悩まみれの凡人には容易ならざる境地ですが。

しかし、という瞬間を精一杯生きることだけは心がけよう!

あらためてそう思った気づけばアラサーの狛犬でした。かしこ


100_2471_2

| | コメント (3)

2009年4月 3日 (金)

若葉の緑が目にも鮮やかな

4月、新卒でマーキュリーに入社して4年目を迎えます。長い社会人生活を考えると
3年なんてまだまだ始まりの終わりでしかないよ、という見方もできる一方で
3年=1095日と考えますと、一日一日を充実できていただろうかということに
思いを巡らし、自己を見つめなおし、厳粛な気持ちとワクワク感を同時に胸に抱く
といった、かなりアンビバレントな心境で春を迎える狛犬です。

ぶっちゃけるまでもなく、例の仕事がメンドクサイだの、早く帰りたいだの、
体調が悪いだの、会議が多いだの、不満垂れたくなる時は当然あります。
しかし、私の場合、幸運にも仕事がつまらないと思ったことは一度もありません。

仕事のやりがいとは何か。

この問いは簡単でいて深く、ブッ○オフで105円で売られている自己啓発本の類いに
答えはありません。それは仕事に没頭することでしか見出すことはできない。

狛犬はそう考えます。お金を稼ぐ!社長になる!人を幸せにしたい!立派な夢です。
しかしどうして?それを通して何を実現したいの?と突き詰めて考えていくと、
仕事の意義というのは「こうありたい」という自分の存在意義を確認するとともに
それを実現するひとつの手段なのだと思います。

こうした仕事のやりがいというのを常に意識して仕事をしなくてはならない。
初任給をもらった時、お客様に感謝されたとき、成功したとき、失敗したとき、等々、
色々な経験を積むほど「本当にしたいこと」というのがクリアになっていくはずです。

仕事は仕事で趣味は趣味という生き方、或はそもそも仕事をしないという生き方、
人さまざまですし、それぞれは尊重されるべきです。いずれにしろ何かを通して
自己実現をしようとしていることに変わりなく、
結局のところ、何かすると決めたら
それを徹底的にやれ、ということですかね。あせらず、
あわてず、あきらめず。

さて、マーキュリーに入社された新卒の皆さん、ご入社おめでとうございます。
そしてマーキュリー以外の会社の新卒の皆さん、同じくおめでとうございます。

雑感ばかりつらつら書かせてもらいましたが、最後に米アップル社CEOの
スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で語った有名なスピーチをもって
春の挨拶に代えさせていただきます。最近これを聞いて大いにうなずくことが多く、
私も新卒の時に聞きたかった!
と思える内容です。それでは皆様のご活躍期待してます。


Your work is going to fill a large part of your life,
and the only way to be truly satisfied is to do
what you believe is great work.
And the only way to do great work is to love what you do.
If you haven't found it yet, keep looking. Don't settle.

仕事は人生の重要な位置を占めます。それに満足したければ自分の仕事が最高だと
思うことです。そして最高の仕事をするにはその仕事を愛しましょう。
まだ見つかってないなら、探し続けましょう。立ち止まらないこと。


Your time is limited, so don't waste it living someone else's life.
Don't be trapped by dogma ?which is living with the results
of other people's thinking. Don't let the noise of others' opinions
drown out your own inner voice. And most important,
have the courage to follow your heart and intuition.
They somehow already know what you truly want to become.
Everything else is secondary.

あなたの時間は限られています。無駄に他人の人生を生きないこと。
ドグマに囚われないこと。それは他人の考え方に付き合った結果にすぎません。
他人の雑音で心の声が掻き消されないようにしてください。そして最も大事なのは
自分の直観に従う勇気を持つことです。
直感とはあなたの本当に求めることを
分かっているものです。それ以外は二の次です。

Wec_4

Stay Hungry. Stay Foolish.  

| | コメント (0)

2009年2月 6日 (金)

最初にカタチありき‥アルファベット建築について思う事

学生時代によく行った神田の洋書屋で買った本↓↓↓↓↓↓↓
100
本というかアドレス帳ですね。しかしただのアドレス帳ではありません。

ローマ字のアルファベットを建築で表現したものです。
しかも律儀にそれぞれに立面図までついているという徹底ぶり。

            S_4

「カタチからはいる」という言葉がありますが、こと建築については意外にも
「カタチからはいる」ということは当てはまらないことが多いのも事実です。

なぜなら、建築には膨大なお金がかかる上に、人々の生活に密接しているため
どうしても「ユーザ本位」とならざるを得ず、ほとんどの建築や空間はこれらの
諸条件の論理的・経済的帰結として生み出されたカタチだからです。
この点において他のアートとは決定的に性格が異なります。

          Frankgehry_2

世界一奇抜な建築を作るフランク・ゲーリーは建築と美術の違いとは何か?
という問いに対していわく「建築には窓があり、美術には窓がない。」

こうした美学と実学の対立が建築の限界でもあり面白いところです。さて冒頭に
紹介したアドレス帳は「カタチからはいっちゃった」建築ブックです。作者は
18世紀のJohann David Steingruberという建築家らしいですが詳細は不明。

18世紀のヨーロッパというのは啓蒙思想が浸透し、産業革命がおこり、権威に
対するアンチテーゼから合理主義が主流となりつつあったまさに近代の黎明期。
建築の分野でも様式でガチガチの古典主義が批判の対象となっていました。

こうしたことを考えると、アルファベット建築も
「建築はもっと自由であっていいのだ」という一人の建築家の
ユーモアに溢れた意思の表明のようにも思えてきます。

アドレス帳のプランを見ていると、それぞれのアルファベット建築のプランは
どれも魅力的です。アルファベットのような意味のないカタチでも素晴らしい
建築は作れることをこの本は示しているようです。

「形態は機能に従う」というモダニズムの定言がありますが、逆に
「機能は形態に従う」ような空間も全然アリですよね。

       Mercury_3


| | コメント (0)

2008年12月 5日 (金)

マクドナルドの椅子はなぜ固いのか

というマーケティングの世界では有名な寓話があります。

マクドナルドの椅子はなぜ固いのか?

答え。それは客の回転率を上げるため。

と、一般に言われています。
優秀なマーケッターがそう分析したことが定説として定着しただけで、
マクドナルドが実際にそのような目的で椅子を固くしているのか
どうか真相は不明ですが、よく聞く話です。

この話のポイントは客にそれを気づかせないという点にあります。
普通の混み合ってるレストランで長居をしている場合、店員が
「混み合って参りましたので席をお空け頂けますか?」と声をかけます。

椅子を固くする →座り心地が悪い →そもそも客は長居しない

このような仕組みが「空間的に」組み込まれていること。
更にそれを客に悟らせないこと。これらの点でマクドナルドの
システムは巧妙でラディカルな戦略です。

このように空間は人の行動を知らず知らずに制御・規制してしまう力を
持っています。規制されている側が、そもそも規制の存在自体に気づかず、
知らないうちにコントロールされてしまうような仕組み
を法学者の
ローレンス・レッシグは「アーキテクチャ」による規制、という概念で
形式化しています。

レッシグはインターネット上のモラルや法の在り方に関する権威ですので
インターネットでは設計者の意図次第でこのようなアーキテクチャによる
規制によって知らず知らず自由を奪われてしまうことの危険性について
言及しているのですが、このような規制方法はマクドナルドの例に
もれず、現実の空間にも当てはまります。

ここで(システム用語上の)アーキテクチャという単語はそのまま
アーキテクチャー(建築)と置き換えても問題ないでしょう。
建築=物理的環境は、本質的にアーキテクチャの規制を伴います。
というより、そもそも人々の行動を規制するハコが建築だと言えます。

アーキテクチャによる規制は、規制されている側が気づかないところが
ポイントでした。逆に言うと、アーキテクチャによる規制を解除する
ことで見たこともないような新しい発想が生まれるということでもあります。

iPhoneが素晴らしいのは、知らず知らず電話以外の機能を使うような
アーキテクチャを持っていることです。iPhon以前は、画面も小さく、
電話はかけやすい一方でネットをしたり音楽を聴くには使いやすいとは
言い難いものでした。それはそもそもそのように設計されていないからで
あくまで電話をかけるものとして作られていたからです。ところがiPhoneの
アーキテクチャはネットや音楽や動画を楽しむようユーザを促します。

また、グーグルのページランクという仕組みは知らず知らずのうちにユーザ
に対して良質なリンクを貼ることを要請するアーキテクチャと言えます。
(グーグルはリンクを貼りなさい、と決して命令はしません。ところが
 我々はリンクを貼ることがグーグルに貢献するとは思ってもいない!)

また、検索結果の表示がランキング表示されるというアーキテクチャは
我々にSEO対策をするよう要請します。ついでに代理店は儲かります。
もしグーグルがランキング表示の形式をしていなかったら・・例えば
検索結果がランダムに表示される仕組みが普及していたら・・
今とはまったく異なるルールがウェブを支配していたかもしれません。

ミクシィのあしあと機能は「覗き見」を禁止するアーキテクチャです。
(人のページを覗き見してはいけないという規則はないはず。
 ところが足あと機能は覗き見するなと「倫理的に」要請する)

確かにレッシグの言う通り、ウェブにおいてアーキテクチャによる規制は
非常に効力を発揮するのかもしれません。某国におけるWeb検閲のように
いくらでもユーザから自由を奪ってしまうことが容易にできる一方で、
秀逸なアーキテクチャを構築することはインターネットビジネスで成功する
秘訣だとも思えるのでした。

01_9 02_6  

03_4   04_3  


 

| | コメント (0)

2008年10月 3日 (金)

『この文を信じる根拠はない』

上の文を信じる根拠はあるだろうか?

論理破綻のケーススタディ。

楽しみを後に延ばすほど最後にそれを得た時の喜びは大きい。したがって
 もし楽しみを永遠に延ばせば、その楽しみは無限大になるはずである

■「君は星座占いを信じる?」「僕は双子座だからそんなものは信じないね

■確率理論から客観的に考察をすると、神を信じることは合理的である
 なぜなら、もし神が存在しないにも関わらず神を信じる場合の損失は、
 神が存在するにも関わらず神を信じない場合の計り知れない損失に
 比べて微々たるものだから(パスカル)。

パラドクス=無意味。そして意味の欠落がユーモアとなり笑いをもたらす。

果たして役に立つことだけが、意味あることだけが賞賛されるべきなのか?

次は、誰にも真似できない(真似すべきでない)業績の数々。

裏ノーベル賞とも言われるイグ・ノーベル賞。
これは「人を笑わせ、そして考えさせた」研究に対して贈られる。
ノーベル賞受賞者を交えた授賞式が毎年ハーバード大学で行われている。

■落下するバタートーストの力学的分析
 トーストがバターを塗った面を下にして落下する確率が高いことを実証。
 (ロバート・マシュー/落下するトースト-マーフィーの法則と基礎定数)

■コーンフレークがふにゃふにゃになるプロセスの物理学的考察
 水分の含有率が12%から18%まで上昇したときに降伏応力が著しく低下する。
 (D・ジョーゼット、他/水分が朝食シリアルの圧縮作用に及ぼす影響)

■ビスケットを紅茶に浸す理想的な方法の考察
 流体力学的考察によりビスケットを紅茶に浸す時間の理想的な状態を数式化。
 浸す時間はジンジャータイプは3秒、ダイジェスティブタイプは8秒が理想。
 チョコ塗りタイプはビスケットの側面を浸すか、急角度で浸すのがポイント。

 (レン・フィッシャー)

■統計解析による地獄へ行く人数の算出
 道徳性を数学的に計量した独自の「福音インデックス」をもとに
 アメリカ全州を対象として群ごとの地獄へ行く人口を推定。

 (南部バプテスト教会アラバマ支部/内部資料)

どうでもいいようなことに対して膨大な労力を費やす人って魅力的だ。
本人は多分とても一生懸命にすごくまじめに研究をしている。それが
端から見るとどうでもいいように見えてしまう。もっとも彼らからすれば
逆の見え方をしているのかもしれないが。おそらく彼らの研究はまったく
と言っていいほど世の中に貢献することはないだろう。しかし彼らは
少なくとも生きた証を残し、そして、永遠にその名前は歴史に刻まれる。

果たして幸せとは何か。努力すれば報われるほど世の中は甘くないが、
運で幸せを掴めるほど世の中はまた甘いと思える事も事欠かない。

■2003年6月、イギリスのある男性が179137ポンドを宝くじで当てた
 その二ヶ月後に男性の父親が85248ポンドを宝くじで当てた。
 (同じ家族から二人の当選者が出る確率は3390億分の1の確率)

■別のある男性はスーパーキャッシュという州の宝くじに1993年、
 1994年、1995年の3回当選しそれぞれ25万ドルを獲得した。

■1987年オハイオ州の宝くじで300万ドル当ててフロリダ州に引越した
 ジョゼフはその6年後にフロリダ州の宝くじで2000万ドル当たった。

合理的な見地から見ればこれらは偶然でしかないのかもしれない。実際に
「偶然」を研究している学者によればこれらは確率的統計的には十分
起こりうる数字だと言う。しかしそこに色々な意味を見出したくなって
しまうのが人というもの。

■1998年サフォーク州のあるトランプのクラブのブリッジの場で
 4人全員に完璧なハンド(全て同じ絵柄が揃う)が配られた。
 (実に2235197406895366368301559999分の1の確率!)

■一卵性双生児のフィニッシュ兄弟はまったく同じ状況の
 自転車事故で、同じ道路の上で、同じ日に2時間違いで他界した。

■1885年にアーサー・ロウの書いた「キャロライン」はキャロライン号
 の遭難から唯一生還したゴールディングの物語である。この劇が上演
 された数日後に実際のキャロライン号が遭難し、そのとき唯一生き残った
 男の名前はゴールディングだった。

■ウェストパデスト教会では水曜日の午後7時20分から聖歌隊の練習が
 行われることになっていた。1950年3月1日のまさに水曜日の7時25分に
 教会が全壊する大爆発があったが、15人の聖歌隊は皆無事だった。
 奇跡的なことに、いつもは時間に正確な15人全員がその日に限って
 それぞれ別の理由によって練習に遅れたため彼らは命を救われた。

■あるレストランの店主ウンベルトとイタリア王ウンベルト1世は名前だけ
 でなく、生年月日、生まれた町、結婚記念日、結婚相手の女性の名前、
 息子の名前まで同じだった。そのレストランを訪れたウンベルト1世が
 自分とよく似た店主に話しかけたことでこの偶然が発覚した。
 (身長と体重もぴったり同じで外見までそっくりだった)
 翌朝、店主が拳銃事故で亡くなる。その同じ日に王様は銃で暗殺された。

実に何が起こるかわからんもんです。現実は小説よりも奇なり。

要するに、世界はあまりにも色々な人がいて、色々なことが起こりうる。

無数の不思議があっても不思議ではないのだ。

| | コメント (0)