2011年12月12日 (月)

ファイナルアンサー!?

気がつくと今年も12月。

3月の東日本大震災を経験し、
我が身で体験したものやこの目で見たものは、
己の人生観や固定観念をも根底から覆すものであった。

気がつくと来年で36歳となり、30代も折り返し地点。

これまでの人生は、
マラソンでいうならば、自分は今何位にいるのだろうかという事だけを考えていたが、
もしかするとこのマラソンは、
走者それぞれが各々のゴールに向かって走っているものであり、
何位でゴールするかではなく、
どこにゴールするかということが大事なのかもしれない・・・。

などと考えるようになった。

どこがゴールなのか。どこをゴールにすればよいか・・・。
来年もまた悩みながら日々を過ごしていくのだろう。

今年のブログはカラダのメンテナンスから始まり、震災を経験し、
細部を振り返りながら、新米パパがドラッカーを読んだが、
言葉にできない・・・。

色々な経験を積みながら、
オファーは拒まず、去る者は追わず。

来年は体を鍛えることにもう少し熱心に・・・。

                                             わびすけ




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2011年10月 3日 (月)

言葉にできない・・・

フランスの詩人、アンドレ・ブルトンがニューヨークに住んでいる時に、
ある物乞いと出会ったという話より。

その首から下げた看板には、


「私は目が見えません」


と書いてあった。
しかし彼のアルミのお椀にはほとんどお金が入っていなかった。

そこでブルトンは彼に言葉を変えることを提案し、
自ら看板に、


「春はまもなくやってきます。

でも、私はそれを見ることはできません」


と書き直した。

すると何人もが立ち止まり、物乞いのお椀にはお金が集まるようになった。



・・・同じ内容でも伝え方によって、相手の心を動かせるかどうかが違ってくる。


育児に忙しいカミサンに、

「なんか手伝おうか?」

なんて聞こうもんなら、

「手伝うって何よ!だいだいあなたは何にもしないから・・・(爆発)」

となる。


これを

「なにかできることはあるかな?(笑顔)」

と言い方を変えるだけで

「ありがとう!(笑顔)」

となる。


「手伝う」って言葉が持つ、
「本来自分の仕事じゃないけど・・・」というニュアンスが、
相手の怒りに火をつけるようである。

夫婦ゲンカならまだしも、
伝え方を間違えて、職を失った大臣も、最近何人かいた。

「沈黙は金」なのか・・・。

言葉に気をつける意識が必要なのか・・・。

                                               わびすけ
 

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2011年8月 5日 (金)

もし新米パパがドラッカーの「プロフェッショナルの条件」を読んだら

最近「もしドラ」などで注目されているドラッカー。

名前は知っていたが、まだ著作に触れたことがなく、
今回手に取ることに。

今回の読書「プロフェッショナルの条件」 P・F・ドラッカー

全体を通して読んで感じたのは、プロフェッショナルになるために必要なことは、
「変化」すること。「変化」を恐れないこと。

著者は語る。
「もっともよく見られる人事の失敗は、新たに任命された者が、
新しい地位の要求に自ら変化していくことができないことに起因している」

最近子供が生まれたのだが、これまでの会社員という立場、
家庭では夫という立場から、「父親」
そして妻と共同で育児を行う責任ある立場に変わったということである。

そうなると、少なからず今までの生活パターンや考え方を変えていかなければ、
いけなくなるのだろう。

それができなければ家庭という部署内での衝突、
子育てというプロジェクトの進捗にも影響が出るということなのだろう。

また著者は語る。

「新しいもののために新しく人を雇うことは危険である。
すでに確立され、順調に運営されている活動を拡張するには、
新しく人を雇い入れることができる。
だが新しいものは、実績ある人、ベテランによって始められなければならない。」

育児において新しく人を雇うという状況がほとんど無いだろうから、
あくまで夫婦が中心となり、アウトソーシングは必要に応じて考える・・・。
こういった解釈もできるだろうか。

「どのような貢献ができるか」と自問することは、
自らの仕事の可能性を追及することでもある・・・という。

お風呂に入れる事か?おむつを替える事か?ベビー用品の買い出しか?

「知識労働者たるものは、自らの組織よりも長く生きる。
したがって、他の仕事を準備しておかなければならない」

子供はいつか成人し、独立する。その時、育児の責任も終わる。
大人になってからも余計な干渉は必要ないということだろう。
違う事に楽しみを感じれるようになればいい。


「何によって憶えられたいか」という問いが自らの成長を促す・・という。

楽天の野村元監督は、
「財を残すは下、事業を残すは中、人を残すを上とす」
と言っている。

仕事で「人を残す」というのはなかなか難しいもの。
せめて自分の子供を人様に迷惑をかけないような人間に育てて、社会に送り出す。

「良い子を育てたね」とまわりの人に憶えられれば、
その言葉を噛みしめるようにひとり飲むお酒は美味い・・というところだろうか。

                                              わびすけ

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2011年6月14日 (火)

細部に宿る神

本日の読書、見城徹・藤田晋 共著 『憂鬱でなければ、仕事ではない』

出版社である幻冬舎の創業者見城徹氏と、
サイバーエージェント社長の藤田晋氏による、
対談というか、見城社長の言葉(キーワード)に対して、
二人それぞれの解釈・考えを述べるという形式。

全部を並べる事はできないが、印象に残る言葉を。

『小さなことにくよくよしろよ』

普通は「小さいことにくよくよするな」である。
小さなことなど気にせず、物事を大きく考えろ・・という言葉はよく聞く。

しかしこれに対して二人は、
「小さなことを守れないやつに大きな仕事はできない」
と、共通している。

世の中でいかに口約束が守られていないかということが例として上がる。

「今度○○をプレゼントするよ」
「このグッズ送りますよ」

ビジネスに限らないが、こういった簡単な約束が守れず、その人の信用を落とし、
時に大きなチャンスを失っているか。

いかに合理的・効率的な世の中であっても、人間を動かすのは情であって、
そこをしっかり熟知しないと大きな仕事はできないのだろう。

そのほかにも、本の中にでてくるキーワードは「正直さ」であったり、
「真摯さ」であったりと一見当たり前のように見える言葉である。

しかし当たり前の事を当たり前のようにやる事がいかに難しいか。

本の中の言葉の一つひとつを痛く感じる自分もまた、できていない人間のひとりである。

                                            わびすけ

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2011年4月11日 (月)

『言霊(ことだま)』と『ネバー・セイ・ネバー』

4月9日(土)の日本経済新聞に興味深い記事が出ていた。

内容としては、原発・放射能問題に関する日本政府の対応に関する、
海外からの「不信・違和感」についてである。

・・・欧米では、「シンク・アンシンカブル(考えられないことを考えよ)」や
         「ネバー・セイ・ネバー(決して起こらないとは決して言うな)」が
  安全保障や危機管理の専門家の間での合言葉になっている。
  「最悪の事態」を平時からあえて想定して備えようとの意味だ。

・・・日本人には過剰反応とも映った広範囲の避難勧告や大量出国も、
  彼らの行動パターンでは当然の帰結だった。

・・・一方、日本では放射能に関する事故やテロは「起こってはならないこと」と
  されてきた。国民保護訓練などで多機関を動員した演習が本格化したのは、
  ここ数年のことだ。

・・・英紙フィナンシャル・タイムズでは、福島原発の津波リスクを指摘する専門家が
  いたにもかかわらず東京電力がその警鐘を過小評価した経緯を詳報。
  コストなどを理由に十分な対策を講じなかった結果、
  巨額の補償を迫られている日本への違和感をにじませた。

                                    ‐4/9日本経済新聞より‐

異論もあるかもしれないが、日本人のメンタリティのなかに脈々と息づいている、
『言霊(ことだま)』というものが関係するのかもしれない。

結婚式や受験などで忌み言葉として避ける、「別れる」や「落ちる」など、
日本人の日常生活にも深く根付いている。

また万葉集などにも表されているが、
日本のことを「言霊の幸わう国(言霊が幸福をもたらす国)」としている。

余談になるが、自分の意思をはっきりと声に出して言う事を「言挙げ(ことあげ)」といい、
それが自分の慢心によるものであった場合には悪い結果がもたらされるという。

日本人はあまり自己主張しない、と世界から言われる一因に、
言霊が関係あるのかもしれない。

言挙げをしないことで衝突を避け、「和をもって貴しとなす」日本を作ってきたことは、
素晴らしい事だと思う。

ただ、グローバルな世の中となり、
原子力というまだ人間が完全にコントロールできていない資源を扱い、
一たび事故を起こすと世界中に影響を及ぼしてしまうことを考えると、
最悪な事態を想定して危機管理を行う事を、
「縁起でもない事を言うな」という言葉で済ませることはできないと思う。

これは原子力発電の問題に関わらず、
自分の人生や仕事への取り組みにおいても同じ事が言えるかもしれない。

できるだけ「想定外」という言葉を使わないように気をつけなければ・・・。

                                          わびすけ

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2011年2月18日 (金)

メンテナンス

背中・腰に痛みが出てきたので、最近休みになると近所の接骨院に通っている。

これまでマッサージとは無縁の生活を送っていたし、
人に体を触られるとくすぐったくて仕方なかった。

そうも言ってられなくなったんで、恐る恐る行った。

通ってみて分かったのは、日常的に痛みが出るというのは、
症状が結構進んでいるということであり、
普段痛くない部分でもツボを押されると痛い所というのは、
その直前の状態ということ。

ストレッチが重要なのは、ベニヤ板を例にとると、
固くで丈夫そうでも、力が更に加わると、ポキっと脆く折れてしまう。

逆にぐにゃぐにゃと柔軟性があるものが折れることはない。


これまでロクに運動もせず、体も固い。

マッサージなんて年取った証拠と固定観念で見てた頭も固い。


これまで知らなかった接骨院という存在を知ることができたのも何かの縁。

体のメンテナンスというものにも興味を持ち始めた平成23年の初めのお話。

                                          わびすけ

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2010年12月14日 (火)

「続ける」こと

「1万時間の法則」というものがある。

ある分野の専門家になるためには、
新しいスキルの勉強と訓練に1万時間費やす必要がある、というものである。

1万時間というとイメージが着きづらいが、毎日3時間の時間を取ったとして、
1年間で1000時間。

それを10年続ける・・・というと分かりやすい。

よく“天才”というと何も努力しなくてもそれができるというイメージがあるが、
練習時間が他の人よりも圧倒的に長いから飛び抜けたスキルが身に付いた、
というところがあるらしい。


天才になるのは難しい事ではあるが、
仕事でも趣味でも、どんな事でも自分が好きな事をやり続けてみる。

今からスキルを身につけるのは遅いのでは・・と躊躇わず、
今から10年頑張ってみたら、何かしら自信が身に付くのだろう。

そして10年続けることができるということは、それだけ好きということなのだろう。

よし、頑張ってみよう。

                                          わびすけ

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2010年10月11日 (月)

35歳の…

本日の読書。藤原和博著『35歳の幸福論~成熟社会を生きる12の戦術』
著者は前杉並区立和田中学校校長、藤原和博氏。

もうすぐ35歳という年齢になるせいか、
書店に増えている『35歳の・・・』というタイトルが気になってしょうがない。

著者は違うが『35歳からのリアル』というタイトルの本もある。
35歳で直面する「仕事」「家庭(独身者も含め)」「健康」「お金」などを、
統計資料を基に知っておくことが書いてある。

人生にはいくつか節目の年齢があるという。

28歳というのも1つの節目であるらしい。

そういえば、大阪に転勤したのは28歳であった。

話はずれたが、この本ではもう一つの節目である、
35歳の時に直面する様々な場面での対応の仕方が伝授されている。

確かに現在、
●だまっていても給料が上がっていき
●社宅などを与えてもらい
●退職金で郊外に家を建て
●もしくは年中暖かい海外に家を買い
●なんとなくゴルフをやって過ごす・・・

なんていうかつてあった幸福な人生の、
ぼんやりした理想形なんてものが、
あるのか無いのか(無いと考えていいのだが・・・)わからない状況になっている。

そんな中でこれから人生のクライマックスが開幕していく35歳という年齢で、
1度自分を見直し、これからのことを考えるきっかけを与えてくれる書であると思う。

竹には節目があるが、節目が多い竹ほど根が太くなり、
しっかり大地に根を張るという。

節目を意識し、考える。闇雲に走らず、ちょっと冷静に。
俯瞰して自分を見る。

そんな時間が節目を作っていくのかもしれない。

                                         わびすけ

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2010年7月26日 (月)

思考は現実化する

自分の心の中に強い柱、そう、家を建てる時の基礎のような、
ちょっとやそっとの風ではびくともしないものがあれば・・と常日頃より思っているのだが、
立っていると思っていても、悩ましい出来事に遭遇すると、簡単に揺らいでしまう。

本日の読書、ナポレオン・ヒル著 『思考は現実化する』

いわゆる自己啓発本の原点と呼ばれ、古くから数多くの経営者、成功者に愛読されている
名著である。

その分かなりの分厚さ。全18章、524ページに及ぶ。

普段本を持ち歩くことが多いが、この本はさすがに家で読むことにした。

まず成功のための心構えとして、意識しておかなければいけないことは、
『自分自身が運命の支配者である』ということである。

それは人間が自分の潜在意識をコントロールする力を持っているからということである。

信じればその通りになるというのは、幸運で不運でも同じ事があてはまる。
逆に言えば、不幸や不運というものは実体がないものだということ・・。

確かに起きた状況を良い風に捉える人と悪く捉える人がいる。
同じ出来事であっても、ある人には幸運に思えることがある。
不運・不幸とは人間に降りかかるものではなく、人間の頭で作り上げているもの
なのだろうか・・。

そして、成功の黄金律は、
『自分がして欲しいと思うことは、何よりもまず他人にそうしてあげること』
としている。

そのことで周りの人が協力をしてくれる。

他人の協力を全く借りないで、巨大な富を築くのに十分な経験や知識、
才能を持った人間など存在しないからであるという。

この本の内容は1度読むだけでは深く体に染み込まないのではないかと思う。

ただ、自分という人間を動かしているのは自分であって、他人ではない。
いい事も悪い事も自分で行ったことが、自分に返ってくる。

この意識をしっかり持つ事が、いつか自分にゆらぎない柱を建てる、
大きな材料になるのかもしれない。

                                             わびすけ

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2010年6月15日 (火)

断捨離ふたたび

最近思い立って家の中をかたづけてみた。
もちろん私物のみ(カミさんはあまりモノを持たないタイプ)。

昨年12/14のブログにも書いた『断捨離』というものを再び実施。
・・・ちなみに『断捨離』とはおおまかに言えば、
  モノに執着せず処分し、整理することで心にゆとりをもたらそうというもの・・・


元々服にはあまりこだわりを持っていないので数はないと思ったが、
カラーボックスを開けて見てみると、結果的に不要な服がゴミ袋1袋分出る。

以前も書いたが、『いつか着るだろう・・』という服や『いつか読むだろう・・・』
という書類って、『いつか』としている時点でそのいつかにめぐりあうことはほとんどない
といっていいだろう。

「売れないかな・・・」なんてのが頭をよぎったが、
その手間を考えるとまた残りそうだから、ゴミ袋行き。

押し入れに大量の手ぬぐいが・・・。
あちこち旅行に行った時の温泉旅館の名前が書いてある・・。

使う訳でもないのになんで取ってたんだろ・・。
温泉の成分からなのか変色しているものも・・。

記念に・・って気持ちもよぎったが、
変色したタオルからいい思い出が出てくる訳でもないので、
ゴミ袋行き。もう1袋追加。

次は難関の本棚。

本にはその人のコンプレックスが表れるという話を聞いたことがあるが、
正直、部屋に本棚を置くことで知的さを出そうとしていたのはわかる。

でも気がつくと本棚自体が息が詰まるくらいにあふれた本。
今度いつ読むんだろう・・。

傍らに段ボール箱を置き、1冊づつ手にとって、
もう役割を終えた本を箱の中に入れる。

この作業は1日では終わらない・・。

毎晩本棚を見ては、箱に詰めようか、残そうか迷う。
この作業2週間。

気がつくと本棚のスペースが半分空く。
箱に詰めた本は古本屋へ。

なんだろうこの肩の荷が下りた感覚。


平行して、会社のデスクも・・。

ほとんどの書類はサーバにファイリングされているので、
必要のない紙類はシュレッダー。

キャビネットは空っぽ。
引き出し1つに荷物を集めることができた。

『断捨離』の提唱者で、『新・片づけ術 断捨離』の著者、やました ひでこ氏によると、
断捨離とは、自分とモノとの関係を問い直し、
暮らし・自分・人生を調えていくプロセス・・とか。

いやはや、この爽快感。

                                             わびすけ

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