編集長より年末特別企画と称し、難題が課されました。
テーマ、「無人島に1つ持っていくなら」。
こ、これは・・人類永遠のテーマ、キタ━━(゜∀゜)━━!!!
いつか聞かれるときが来ると覚悟はしていたものの、
社窓ブログで公開審問にかけられるとは。
ところがいざ考えてみると、どれにしよう何にしようと決めかねる
というよりむしろ、何も思い浮かばない‥というより、むしろ
この際、何ひとつ持っていきたくない!というのが本音だったり。
放てば手にみてり、ケ・セラ・セラ。
無人島。これまで実に多くのスリルとサスペンスとサバイバルが
繰り広げられてきました(金田一少年の活躍の舞台は無人島だった)
TVもラジオも車もガスもピアノもバーも電話もギターも喫茶も集いも
映画もディスコも雑誌も電気もねぇ。おらの村にはなにもない。
モノより何より人間が誰ひとりとしていない。孤独の究極・・?
近代的な孤独という概念は20世紀初頭にエドワード・ホッパーが見事に
表現したように、都市生活者としての孤独、文明人としての孤独であって、
いかに愛し合い心が通じてるように思えても、そもそも人間という存在は
根源的には絶対的に「個」なる存在でしかありえないといったような
あくまで社会的なるものへの対立概念としての孤独というものでした。

Edward Hopper. Nighthawks (1942)
この意味では逆説的にも無人島においては孤独の概念すらありません。
孤独であること、一人であることは、生きる上での与件でしかなく、
孤独である以前に生活をすること、生活すること以前に生きることが
何よりも優先されるような環境です。
そんな環境に一生を過ごすハメになったとしたら。
幸運にも一つだけ何か持っていくことが許されるのだとしたら。

私は「百科事典」を持っていきます♩
まず、この分量を見てください!!大いに暇つぶしになります。
無人島で辛いのは寂しさではなく「退屈」という名の怪物です。
野生の猫と戯れる前に、まず退屈さを飼いならす必要があります。
百科事典があれば、かつて自分が所属していた人類というものの歴史、
ー素晴らしいことやバカらしいことーに思いを馳せることができる。
退屈を飼いならし、幽玄に流れる時間のリズムに慣れること。
そこでやっと無人島における本当の「生活」が始まります。
このときにも百科事典は僕らの味方です。そこには火の炊き方から植物、
動物や天気のこと、建築から化学まであらゆる実践的な知識を教えて
くれます。毒きのこを食べなくてすみますし、運がよければ、お茶や
コーヒーで一服するなど、箱庭文明的な生活を送れるかもしれない。
経済価値体系における価値は希少性から生まれるという原則は実に
普遍性の高いメカニズムで、人工の中にあって人間は自然を再現しようと
躍起になるのに(ex,日本庭園から老荘思想、エコとかロハスとか)
自然に放り込まれると、今度はそこに人工を再現したがるという皮肉。。

永住はいやだけど一度は体験してみたい、そんな無人島生活。
極限状態を想定することで、何が本当に大切なのかが見えてくるものです。
価値があるようにみえる殆どのものが本来は無価値な幻影であることが
否応なしに露呈します。色々見つめなおすことにもなる面白い機会でした。
(ビジネス書なんて無人島では最も無価値なもののひとつですから)
それでは(まだ1ヶ月ありますが)今年も一年本当にお疲れ様でした。
少しお早いですが皆様、よいお年をお過ごしください。
狛犬
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