災難に遭ふ時節には・・
災難に遭ふ時節には、災難に遭ふがよく候、死ぬ時節には
死ぬがよく候、是はこれ災難をのがるる妙法にて候 かしこ
良寛が71歳の時に大地震に遭遇し、知人が見舞いの手紙をくれた。
その手紙に対して良寛が書き送った有名なテクストです。
これは「成り行きを自然に任せよ」的解釈がされていることが多いですが
良寛がれっきとした曹洞宗の禅僧であることを考える必要があります。
不立文字。
これは禅の目指すべき境地のひとつでもあります。
即ち言葉の意味というドグマに囚われない境地のこと。
何かの現象を見てそれを「災難」と思うのはその人の心に他ならない。
災難だと思えば「災難から逃れること」に固執する心が生まれる。
この「固執する心」があるから人は現実を歪めて眺め、それに嘆く。
何ものにも囚われない者は、あるがままを見、受け止める。
(災難だ!とも思わないし、ツイてる!とも思わない。)
ただその時どきでするべきことをするだけである。
禅僧である良寛にとっては「災難」という考えすらなかったのでは
ないでしょうか。そのようなニュートラルな禅の心を持って生きること、
これが良寛の「災難をのがるる妙法」なのだと狛犬は解釈しています。
我々のような煩悩まみれの凡人には容易ならざる境地ですが。
しかし、今という瞬間を精一杯生きることだけは心がけよう!
あらためてそう思った気づけばアラサーの狛犬でした。かしこ
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コメント
私が大地震に見舞われたら、慌てふためき、逃げ、そして死ぬでしょう。ですがそれも
不立文字。
実は曹洞宗の管理人でした。
投稿: 管理人 | 2009年6月 5日 (金) 11時33分
最後の写真を見て、「もうなんでもいいや」と思えました。
投稿: 神の手 | 2009年6月 8日 (月) 16時05分
>管理人さま
うむむ、禅問答のような深いお言葉!来たる地震に
備えて日々修行を積んでいこうと思います。
>神の手さま
悟りの境地に行ってしまわれたようですね・・
アルパカに比べたら僕らの欲望や悩みなんて
ちっぽけなものです。
投稿: | 2009年6月10日 (水) 00時53分