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2007年8月21日 (火)

砂上に眠る一等星 ~ホクトベガ~ Vol.Fin

~伝説の最期~

記録的な豪雨があり、レースは予定より5日順延され
4月3日に行われた。
レースはナドアルシバ競馬場のダートコース2000mで行われる。
夜7時過ぎ、すっかり暗くなりナイター用の証明設備に明かりが
灯されていた。

レーススタート。

Photo_226 (1997/04/03 ドバイワールドカップ 発馬直後)

彼女はタイミングよく飛び出し先頭にたってもおかしくない
勢いに思われた。
だが、すぐに下がり後方集団の中で戦況を見守っていた。
先頭は1番人気であるサイフォン。
この馬と競る形になると潰れるという判断があったのであろう。

後方集団が最終コーナーに差し掛かる。
全体のペースも上がり、観客、全世界に衛星中継されている
TVの前のファンも、さぁこれから、と熱狂している時、
2頭の馬が落馬した。
1頭の馬は、すぐに立ち上がりどこかに走り去っていく。
もう1頭の落馬した馬が、ピクリともせず横たわっている。

彼女だった。

そんな後方で起きている大事故も気にせず、
先頭集団はゴールを切った。
アメリカ馬のワンツーフィニッシュであった。
華やかな勝ち馬を称えるべく、流されたレースのVTRは
日本の競馬ファンにとっては、あまりにも辛いものであった。

彼女が酷い倒れ方をする。
脚が弓の様にしなっている。
仰向けに倒れた彼女の腹の上を、
後ろからよけ切れなかった馬が蹂躙する。
もう1頭の落馬した馬は、この馬だった。
彼女に騎乗していた横山典弘騎手は倒れていたが、
半身を立て直し彼女に片手を差し伸べているように見えた。

Photo_227 (画面左上 コースに倒れた彼女。その左に横山騎手が見える)

僕はこのレースを競馬ファンが集う飲食店で見ていたが、
衝撃と悲しみが走った。泣いている人間も居る。僕も例に洩れない。
落馬の原因は今だ定かではない。
後ろにいた他の馬が、彼女を前にして狭いところに入り込もうとし
それに押し出される形で前の馬に乗りかかり落馬したというのが有力である。

ドバイの公式発表は、
騎手2名が軽傷で病院に運ばれ、牝馬が死んだという無味乾燥なものであった。
彼女の怪我名は「左前腕節部複雑骨折」
即刻、予後不良の診断がされ安楽死処分が施されたのであろう。
サラブレッドは1つの脚に100キロ以上の負荷を掛け、生きている。
回復不能な怪我で1つの脚が使えないというのは、生存不能を意味する。
生かされるだけ激痛に見舞われ、馬にとっては辛く残酷なことになる。
あの倒れ方ではどうにもならない。素人でも分かる大事故である。

この映像はCNNニュースで繰り返し流され、
世界的に有名になってしまった。本当に衝撃的であった。

映像に馬主と中野さんが映ったが、立っているのがやっとで
呆然とした顔であった。
誰もが辛かった。
誰もが運命について考えていた。
誰もが競馬について、競馬の厳しさについて、競馬の冷酷さについて
競馬の寂しさについて考えていた。
誰もが彼女について考えていた。

競馬には様々な事が起きる。
競馬には絶対はない。
プロが決して見誤っていないのに、思ったほどの成績を
あげられないこともある。
大した評価の無かった馬が、歴史的名馬に成長する事もある。
夢は大きく持ち、目標に向け完璧な努力を続ける。
それでも報われない時もある。
いや、報われる馬は極めて少ない。
競馬は難しい。

ドバイワールドカップは馬券を売らない。
当然、日本でも売らない。
だから、僕達は純粋にレースを見た。
そこには、僕達が考えたどの結果よりも残酷なものが待ち受けていた。

ホクトベガ、
走らせすぎだよ、
42戦目だぜ、
かわいそうだよ。

いろいろな声が聞こえてくる。
しかしながら、彼女にとってドバイに挑戦する、
その事は運命だったのだ。
ドバイに挑戦できるというだけで、それは幸福なのである。
悔いの残る結果に、誰もが歯噛みをし涙を流したが、
彼女は競走馬として当然の挑戦をし、そして悲劇に見舞われたのである。

挑戦。
それが、競馬なのである。
いつか日本の馬が世界の大レースを席巻する日が来る。
そう日本のホースマンは信じて、努力を続ける。
そのプロセスそのものが、競馬なのである。
彼女は挑戦者として永遠に記憶される。
競馬の残酷さと栄光の両方の象徴として。
そうした記憶が僕達に蓄積されること、
そうしたドラマが僕達によって味わい尽くされる事。
その事が、競馬なのである。
競馬の歴史は、そうやって創られていく。

彼女はドバイで眠っている。
日本馬の挑戦と勝利を待って、眠っているのだ。

(END)

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