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2007年8月31日 (金)

どうせ聴くならこの一曲 黎明編

title:Monkey Hips and Rice 10'07''
(albam.THE WOODEN GLASS RECORDED LIVE featuring BILLY WOOTEN T-01  1972)

artist:BILLY WOOTEN

お薦め視聴時間帯:
夕食前

ジャンル:噎せ返る程の熱気感ジャズファンク

Woodenglass_woodengla_101b_5    







私はライブアルバムが嫌いだ。

というより今まで行ったライブでよかった思い出が皆無に近く

(そんなに回数は行っていないのですが)

其れ故、ライブ音源を収めたものにも好感が持てなかった。

 

普段聴きなれたスタジオレコーディングの音源に比べ

激しく体を動かしたりして音がぶれたり演奏が雑になったりしている

という点が私からライブアルバムをさらに敬遠させる要因になっているのだが、

臨場感を味わったり、観客がアーティストと一体になったりする良さが分からない

感性不足の自分も否めない。

 

そんな偏った方法でしか音楽を愉しめない私の腐った鉛のような頭を融解して、

価値観を540°変えてしまったライブアルバムが2004年初夏にCD化された。

それがこのTHE WOODEN GLASS RECORDED LIVEだった。

このアルバムは4曲目のIn The Rainというメロウな曲が

最も有名且つ名曲とされているのですが

自分の中のライブアルバムの価値感をぶち破ってくれた1曲目にスポット当ててゆきたい。

 

曲の開始早々叩きつけるようなオルガンで始まり、

しばらくドラムとベースとヴィブラフォン(鉄琴の一種)で進行されていきます。

2'20''くらいからヴィブラフォンが無くなりギターとオルガンが入り曲調が変化します。

3'30''くらいで再びヴィブラフォンが入り反響する音とスピーディーな曲の展開で

頭がやられていきます。随所に観客達の歓声が入り臨場感も増していき、

徐々に終焉を迎えていく曲。

一曲目が終わり一抹の寂しさを感じながら二曲目のメロウな

"WE'VE ONLY JUST BEGUN"に入っていく展開。

 

このライヴは1972年にインディアナポリスの小さなクラブ「ナインティーンス・ホール」

にて行われたライヴで観客動員数とかは分からないが

このライヴを見れた人は幸せだなぁ等と思える程

CD音源でも分かるすばらしいライヴです。

このライヴのキーマンであるBILLY WOOTENはヴィブラフォン奏者で

「最初に弾いたときから、僕にはヴァイヴしかないって分かったよ」と

のたまってらっしゃる程の天才奏者です。

 

音楽の女神が降り立ったナインティーンス・ホールでの伝説のジャズファンクライヴで

生活に潤いと刺激を与えてみては如何ですか?


 

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2007年8月28日 (火)

夏が終わりました。

今年の夏は暑いですね。猛暑です。
外歩いているだけで「スポーツ後か」「サウナ後か」というぐらいの汗かきます。
エイトフォーが手放せませんね。

前回書いたフジロックのことを少し書こうと思います。
個人的には今年のベストアクトはG.Love and Special Sauceでした。
小さいレッドマーキーでの出演でしたが、後ろの方まで客がいっぱいでした。
今度はホワイトで見たいなぁ。

フジロックって何なの?とよく聞かれるんですが。
なんなんでしょう。あの楽しさを説明するのは難しい。。。
草原でビールを飲みながら音楽が流れているってのが
なんとも言えずピースフルなんですが。。。
と思っていたらイメージとしてピッタリなビデオを見つけました!→link
Sigur_ros これはシガーロスというアイスランド出身のバンドが自分たちの
スタジオの前で演奏した様子を撮影したビデオです。
アイスランドといえばビョークが思い付く方もいると思いますが、
なんかこのビデオ見たら行ってみたくなりますよね。

・sigur ros オフィシャルサイト
http://www.sigur-ros.co.uk/
・sigur rosの映像作品「Heima」のトレイラー(11/5リリース)
http://www.heimafilm.com/heima_trailer.html
※昨年の夏にアイスランドで行った2週間のフリーツアーの模様が収められてるとのこと。



・そして前回も書いたサマソニ。
なんと私が神と崇めるDinosaur Jr.がラインナップされています。
これを見たときはフジロック派の私もさすがにサマソニ行こうか迷いましたが。
やっぱり単独で来ました。
Dinosaur Jr.の新譜been there all the timesのPV
sonic youthのサーストンが出てます。
ちなみに女の子役はサーストンとキムの娘だそうです。

・さらにDinosaur Jr.のPV出演情報
これも以前書いたBroken Social SceneのKevin Drew
の新曲PV
にダイナソーのメンバーが出てます。



・最後に、以前ご紹介したReverie Sound Revue
(Broken Social Sceneにも参加するLisaが在籍してるのでついでに)
彼らのページがマイスペースにありました。
http://www.myspace.com/reveriesoundrevue
そこからリンクされているオフィシャルに飛んでみると…
http://www.reveriesoundrevue.net/
なんか見たことのないサイトです。
以前リンクしたこちらはどうやらファンサイトのようです。
CDリリースされないかなぁ。


とまぁ今回は完全な音楽ネタになりましたが、
次回も引続き音楽ネタでいきます。
次回はテーマはエモ!

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2007年8月24日 (金)

一周年記念(第12回) 竹橋(洋食編)

暑いいですねぇ。本当に暑い日が続くImage011kannbann今日この頃。

お盆休みは皆様 どう過ごされましたか?

ニュースでは渋滞・渋滞と高速道路の中継が

引っ切り無しに放送されてました。

また、各地では最高気温を更新と本当に今年の

夏は営業にとって辛く、厳しい夏になっております。Image012menyu

こんな時はランチで肉。お肉を食べ 

スタミナを保持しましょう。

今回 ご紹介するのは東京メトロ東西線 竹橋駅にある

『タカサゴ』です。竹橋周辺はオフィスビルが多く、昼食を

取る所があまりありません。Image009

タカサゴもオフィスビルの中にあります。

タカサゴは洋食メインで有名なのはカレーですが、

私は苦手なのでステーキライスを注文しました。

ここの肉は食べごたえがあり、付け合せのナポリタン

と生野菜も本当においしいです。

それ以外の肉料理も隣のお客様を覗いてみたらおいしそうでした。Image010

次回は 豚関係を狙っております。

カロリーの高いものばかり紹介していますが、

皆様 健康管理を注意しましょう。

次回は健康診断後の紹介になります。

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2007年8月21日 (火)

我が家のクルマ。(その2)

前回の続きです。

我が家のクルマについてのお話でしたね。

車種が決まった、といっても年式や程度、グレードなどが沢山あるので、
まずはそこら辺からリサーチです。

最も重要視したのは製造年式。
発売されたばかり(初期型)のクルマは初期不良が多いと聞くし、
何十年も前から製造されていたクルマということもあって、
なるべく細部が成熟したモデル末期(製造中止直前)のクルマのほうが信頼度高いでしょ?
ということで、
最終1998年式か、その前の1997年式に絞りました。

次に程度や状態。
素人なので細かい程度や状態なんかは分からないのですが、
とりあえず、走行距離がなるべく少ないクルマのほうが消耗品が傷んでいないので壊れないでしょ?
ということで、走行距離に注目。
10年近く前に製造中止されたモデルなので、
それなりの距離を走っている固体が多いだろうなぁとは思っていたのですが、
予想以上に距離を走っている車が多く(ワゴンは長距離乗る人が多いんですかねぇ?)
7~8万Kmなんてザラ。中には15万Km以上走っている固体も・・・。

まぁ仮に15万Km位が寿命だと考えても、その半分位までなら、まだまだ働き盛りでしょ?
ということで走行距離は7.5万Km以下に絞りました。

次にグレード。
ボルボはモデル末期になると色々な装備をあれこれ加えて買い得感を高めた特別仕様車を
販売するというのが通例のようで、
例に漏れず940シリーズにも特別仕様車が存在。
ひとつは本皮シートやアルミホイールなどゴージャス仕様の「Classic」
もうひとつは廉価版?の「Tuck」
Tuckという名前には「ありがとう」、という意味があるそう。(スウェーデン語?)ご愛顧ありがとう的な意味がこめられてるんでしょうね。
まぁこれは、実物を見てみないと何とも言えないので絞り込まずに
実物を見てみましょう、ということになりました。

で、ようやく中古車屋巡りへ。

中古車試乗の記念すべき1台目に選んだのは
1998年式の「classic」、色は深緑。走行距離7万Kmちょい。

このクルマを選んだのは、
上に書いたポイントに加え、
「他の店と比べ、とにかく価格が異様に安かった」こと。

そのクルマが展示されていたのは、東武伊勢崎線沿線のとある大通り沿いにあるフツーの中古車店。
そのお店にはお目当てのクルマは1台しかなかったので、
到着して早々にお店の人に試乗させて欲しい旨を伝え、いざ試乗です。

中古車雑誌に書いてあった
「操作できる箇所はできるかぎりチェックすべし」
という言葉にならい、とにかく色々なボタンを押しまくりました。

そして、サンルーフを開こうと、ボタンを押したその時、

「バキ!」

イヤな音とともに、
なにやら部品と思しきプラスチックの破片が私の頭の上にポロリと落ちてきました。

操作を誤ったか?という疑念が頭をよぎりましたが、
冷静に考えてみると、ボタンを押し間違えたくらいでブッ壊れるはずがないですよね。
かといって、正常な音とは思えない。
現に私の頭の上にはプラスチックの破片が。。。
助手席に座っていた妻も言葉を失っていました。

とりあえず何事もなかったかのように、そっとその破片を頭から取り、そのクルマを後にしました。

これも何かの縁か、と一瞬思ったのですが、
試乗後のセールスマンの説明を聞き、
オートローンの異様な金利の高さや、乗り出し価格(諸費用、税金などを全て含めた価格)の高さがネックとなり、とりあえず、お見積りだけもらって退散しました。

それから数週間後。
2件目に試乗しに行ったのは23区から程近い東京近郊にあるボルボ専門店。
このお店を選んだのは、とにかく同型のクルマが何台も置いてあったから。
我が家からは結構遠いのですが、
やはり1つのお店で比較検討ができるのは大きいですよね。

お店に着くと、何やらエンジンルームを覗き込むオヤジが1人。
試乗をお願いすると、あれやこれやと薀蓄を語ってくれます。
この人詳しいな、と思い
先日の中古車屋で起こったサンルーフ事件のことを話すと、

「それはサンルーフを長いこと開けてなかったからだね。無くてもいい部品だから、ウチに置いてあるクルマはその部品、全部取っちゃってるんだよ。」

即答です。

なるほど~。

専門知識のある中古車屋でクルマを選ぶことのメリットを目の当たりにした瞬間でした。

そのお店では
98年式、97年式の「Classic」「Tuck」が数台ずつ展示されていて、
どれもいい感じだったのですが、中でも気になったのが、97年式「classic」と98年式「tuck」の2台。色はともに赤で、走行は7万Kmちょい。
お値段もほぼ同じでした。

ただ、どちらも乗り出し価格が予算を若干オーバーしていること、
そしてオートローンの金利が高いことがネックとなり、
一先ずお見積りをもらって退散しました。

このお店では、
買うんだったら色々知ってる専門店の方が良い、ということや、「Classic」と「Tuck」はほぼ同じ値段ということ、
色はやっぱり「赤」が良い(個人的に)ということ等、色々収穫がありました。

それからも、数週間に1回のペースで中古車屋巡りをしていたのですが、
なかなか条件の合うクルマには出会えず、

そして月日を経る毎に中古車屋巡りの頻度も減り、
やがて我が家でクルマ購入するという計画自体が忘れ去られていったのでした。

そして、それから更に1年が経過した去年の年明け早々のとある日のこと。。。

<(その3)に続く>

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砂上に眠る一等星 ~ホクトベガ~ Vol.Fin

~伝説の最期~

記録的な豪雨があり、レースは予定より5日順延され
4月3日に行われた。
レースはナドアルシバ競馬場のダートコース2000mで行われる。
夜7時過ぎ、すっかり暗くなりナイター用の証明設備に明かりが
灯されていた。

レーススタート。

Photo_226 (1997/04/03 ドバイワールドカップ 発馬直後)

彼女はタイミングよく飛び出し先頭にたってもおかしくない
勢いに思われた。
だが、すぐに下がり後方集団の中で戦況を見守っていた。
先頭は1番人気であるサイフォン。
この馬と競る形になると潰れるという判断があったのであろう。

後方集団が最終コーナーに差し掛かる。
全体のペースも上がり、観客、全世界に衛星中継されている
TVの前のファンも、さぁこれから、と熱狂している時、
2頭の馬が落馬した。
1頭の馬は、すぐに立ち上がりどこかに走り去っていく。
もう1頭の落馬した馬が、ピクリともせず横たわっている。

彼女だった。

そんな後方で起きている大事故も気にせず、
先頭集団はゴールを切った。
アメリカ馬のワンツーフィニッシュであった。
華やかな勝ち馬を称えるべく、流されたレースのVTRは
日本の競馬ファンにとっては、あまりにも辛いものであった。

彼女が酷い倒れ方をする。
脚が弓の様にしなっている。
仰向けに倒れた彼女の腹の上を、
後ろからよけ切れなかった馬が蹂躙する。
もう1頭の落馬した馬は、この馬だった。
彼女に騎乗していた横山典弘騎手は倒れていたが、
半身を立て直し彼女に片手を差し伸べているように見えた。

Photo_227 (画面左上 コースに倒れた彼女。その左に横山騎手が見える)

僕はこのレースを競馬ファンが集う飲食店で見ていたが、
衝撃と悲しみが走った。泣いている人間も居る。僕も例に洩れない。
落馬の原因は今だ定かではない。
後ろにいた他の馬が、彼女を前にして狭いところに入り込もうとし
それに押し出される形で前の馬に乗りかかり落馬したというのが有力である。

ドバイの公式発表は、
騎手2名が軽傷で病院に運ばれ、牝馬が死んだという無味乾燥なものであった。
彼女の怪我名は「左前腕節部複雑骨折」
即刻、予後不良の診断がされ安楽死処分が施されたのであろう。
サラブレッドは1つの脚に100キロ以上の負荷を掛け、生きている。
回復不能な怪我で1つの脚が使えないというのは、生存不能を意味する。
生かされるだけ激痛に見舞われ、馬にとっては辛く残酷なことになる。
あの倒れ方ではどうにもならない。素人でも分かる大事故である。

この映像はCNNニュースで繰り返し流され、
世界的に有名になってしまった。本当に衝撃的であった。

映像に馬主と中野さんが映ったが、立っているのがやっとで
呆然とした顔であった。
誰もが辛かった。
誰もが運命について考えていた。
誰もが競馬について、競馬の厳しさについて、競馬の冷酷さについて
競馬の寂しさについて考えていた。
誰もが彼女について考えていた。

競馬には様々な事が起きる。
競馬には絶対はない。
プロが決して見誤っていないのに、思ったほどの成績を
あげられないこともある。
大した評価の無かった馬が、歴史的名馬に成長する事もある。
夢は大きく持ち、目標に向け完璧な努力を続ける。
それでも報われない時もある。
いや、報われる馬は極めて少ない。
競馬は難しい。

ドバイワールドカップは馬券を売らない。
当然、日本でも売らない。
だから、僕達は純粋にレースを見た。
そこには、僕達が考えたどの結果よりも残酷なものが待ち受けていた。

ホクトベガ、
走らせすぎだよ、
42戦目だぜ、
かわいそうだよ。

いろいろな声が聞こえてくる。
しかしながら、彼女にとってドバイに挑戦する、
その事は運命だったのだ。
ドバイに挑戦できるというだけで、それは幸福なのである。
悔いの残る結果に、誰もが歯噛みをし涙を流したが、
彼女は競走馬として当然の挑戦をし、そして悲劇に見舞われたのである。

挑戦。
それが、競馬なのである。
いつか日本の馬が世界の大レースを席巻する日が来る。
そう日本のホースマンは信じて、努力を続ける。
そのプロセスそのものが、競馬なのである。
彼女は挑戦者として永遠に記憶される。
競馬の残酷さと栄光の両方の象徴として。
そうした記憶が僕達に蓄積されること、
そうしたドラマが僕達によって味わい尽くされる事。
その事が、競馬なのである。
競馬の歴史は、そうやって創られていく。

彼女はドバイで眠っている。
日本馬の挑戦と勝利を待って、眠っているのだ。

(END)

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2007年8月17日 (金)

TA’BI’DA’CHI’’(U∀U)

マーキュリーの★☆ブログライダぁー☆★として、約1年前にブログ&詩集(?)デビューを果たしたちゅん(・A・)ですが、、、

コノ場所で、ブログを書くのも今日が最後となりましたぁぁ(>□<)

「不思議ちゃん」と呼ばれながらも、今日までメゲズニ続けることができたのは、リーダーならびに★☆ブログライダぁー☆★の仲間達・ブログを読んで下さった皆様方のおかげです!!

本当に感謝の気持ちでいっぱいです(≧ω≦)

こんないっぱいの感謝の気持ちを込めて、最後の詩を贈ります♪♪

 

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~今まで、私のブログにお付き合い頂き、ありがとうございました~

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2007年8月14日 (火)

運命がくれたレモン

1901年(明治34年)の正月に、報知新聞が『20世紀の予言』として、
未来に実現されるであろう23の事柄を掲載していた。

例えば、                 【結果】
○無線電話で海外の人との会話・・・・携帯電話及び国際電話

○七日間世界一周・・・・飛行機の発達による海外旅行の一般化

○蚊や蚤の滅亡・・・・滅亡までにはいたってないが、衛生技術の向上で激減

○機械で温度を調節した適切な空気を送る・・・・エアコン

○写真電話・・・・カメラ付携帯電話

○葉巻煙草型の機関車により東京神戸間2時間半・・・・新幹線

と結構当たっている。

外れているものとしては、

○人と獣の会話自在
○台風進路の変更
○サハラ砂漠の緑化

ぐらいであるが、これらも今後実現できる可能性を秘めており、
あながち荒唐無稽な事ではない。

今100年後の世界を予測するとしたならば、どんな未来が想像できるだろうか。

ちなみに『20世紀の予言』はこう結んでいる。

「兎に角【とにかく】二十世紀は奇異の時代なるべし 」   

はたして21世紀はどんな時代か・・・。                    わびすけ

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砂上に眠る一等星 ~ホクトベガ~ Vol.3

~砂の国 ドバイ~

ドバイはアラブ首長国連邦の一国である。
最近では高級リゾート地として名を馳せているが、
競馬に熱心な国である。国王が馬主であり、
世界一の資産を持ち合わせている。
石油の脅威である。
その脅威を表すものとして、ドバイで行われる競馬は馬券を売っていない。
発売を禁止しているのである。
国王の嗜好として行われ、莫大な賞金がレースには掛けられている。

砂漠の国であるドバイに厩舎、競馬場を建設し、
本格的に競馬を行うようになったのは20ほど前から。
大変な投資を国全体で行い、
無から作り上げた施設はかなりの完成度である。
ドバイワールドカップはそんな彼らが競馬国として
一流と認められるべく、世界のトップホースを集めて
夢のレースを行うという企画で、96年から始められた。

1着賞金360万ドル(約4億1000万円)、
総賞金600万ドル(約6億9000万円)という破格の高額賞金、
馬を始めとして、調教師、馬主、騎手、スタッフを
無料招待する至れり尽せりの好条件に世界の名馬が結集する結果となった。

1回目の優勝馬はアメリカNo.1ホースのシガー。
その強さは圧倒的で、レースは大成功を収め、
ドバイは世界のホースマンの一つの目標となった。

2回目となる97年も参加馬は強力だった。
世界のトップクラスのG1優勝馬が何頭も出走してきた。
このメンバー相手に、日本のホクトベガがどこまでやれるのか。

レース1ヶ月前、
3月2日に早めにドバイ入りした彼女の体調は思わしくなかった。
長距離輸送、環境の変化などで体重も20キロ以上も減り、
日本に伝えられてくるニュースは悲観的なものばかりだった。

ただ、彼女には8場も制覇した対応力があった。
次第に復調し、胸を張ってレースに出せる、と
中野調教師のコメントも満足げなものに変っていった。

現地での調教は順調だった。
ただし、ライバル達はそれにも増して順調だった。
海外の競馬評論家の評価は厳しかった。
ホクトベガは日本のダートでは無敵で賞金額も凄い。
しかし、日本の馬は遠征に弱い。
この馬も難しいだろう。そう新聞には書かれていた。

(To Be continued)

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2007年8月10日 (金)

リアスキング

露が明けて暑い日が続きますね。。。

そんな中・・・

Photo 夏に牡蠣?って思う方もいると思いますが、リアスキングと言う牡蠣をGKRから頂きました。一つ一つ大きくて身がしっかりしていて、ボリュームが凄い。ジューシーで甘みもあり、美味しく頂きました。GKRありがとう!

Fenom 前回BlogでGEのショートパンツについて書いた際、fenomのショートパンツはいつかな?なんて書きましたが、ショートパンツではなかったです。ロールアップして履く七分丈位のデニムでした。7月下旬にNon washとUSEDが出て、僕はUSEDを選びました。ライトオンスで生地が薄い為、夏は涼しく履けて良いです。visvim CHRISTOか、以前Blogで紹介したNIKE AIR FOOTSCAPEに合わせて履くことが多いです。

2_2 最近ハマってるアイス「ガツン、とみかん」。これは美味しいですよ。その名の通り、“ガツン”とみかんの果肉がびっしり詰まってます。去年はこれのグレープフルーツとパイナップルがありましたが、これが一番美味いですね。 仕事帰りにコンビニで買って帰って、風呂上りに食べるのが最高。皆さんも一度食べてみて下さい。ハマリますよ。Photo_3

Photo_4 面白い飲み物発見!「パイナップル オブ カリビアン」と言う名のジュース。パイナップルなのに、ジュースの色が青。飲んでみるとパイナップルの味はかすかにするものの…ちょっと微妙。よく子供の頃こんな味の飲み物飲んだかな…。これはあまりおすすめ出来ませんが、ネタとして是非試してみて下さい。ネタにもならないか。。。

最後は先月買ったipod。初めて買いました。通勤や外出時の必需品になりました。肌身離さず持ち歩いてます。不思議ですね、今までは音楽は家でしか聴かなかったのに。最近はあまり洋楽聴かなかったですが、昔持ってたCDを引っ張り出して入れてみました。昔はPUNKやHARD COREをよく聴いてましたが、Snuffはいつ聴いてもかっこいいな。The Toy Dollsもよく聴きます。久々にバンドでもやりたいな・・・。って、最近ジュニアと話しているのですが、ギターやる人がいない為、なかなか話しが進まず。。。路線はもちろんPUNK、HARD CORE。いないかなぁ。。。Ipod

さて、8月も暑い日が続きますが、熱中症には十分気を付けましょう!

それではまた。。。Photo_6

天才画伯作(作者掲載許可済)

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2007年8月 7日 (火)

ゴーヤ

「夏バテ解消法」
雑誌やテレビでそんな特集を頻繁に見かける今日この頃。

そんなこととは裏腹に連日、底なしの食欲を見せている僕ですが、
いつまでも他人事ではいられません。

日に日に強くなる夏の日差し、偏り始めた僕の食生活…
まさに明日は我が身。夏バテはもうすぐそこまで迫ってるんです!

ということで、例のごとく夏バテ解消料理を作ることにしました。
要するに、栄養がたくさんとれて食欲が湧いてくる料理、ってことですね。

そして選んだ食材がこちら。

Photo_2











ビタミンCの含有量が半端じゃないゴーヤです。
食欲増進効果もあるようですし、ホントこれ以上ないくらいの食材みたいですよ。

とはいえ、栄養があるものの宿命というか、
独特な味が…けっこう強い苦味があります。

そのため、正直僕はあんまり好きじゃないです。
やっぱり、どうしても慣れない…、真っ先に皿の端に寄せちゃいます。
沖縄を代表する野菜ではありますが、現地でも結構苦手な人はいるそうな。

でも、良薬は口に苦し。
そんなゴーヤだからこそ絶大な効果が期待できるハズ。
ブートキャンプだって、あれだけトレーニングが過酷だからこそ
驚きの痩身効果が得られるわけです。

そう、苦労をすれば成果は必ず表れるんです!

と、どうにかこうにか
気分を盛り上げるといよいよ調理スタート。

【ゴーヤチャンプルー】

まずはゴーヤの下ごしらえから。
それについてマニュアルを見ると何と朗報!
どうやらここである程度は苦みを抜くことができるみたいなんです。

Photo

白い部分をスプーンで削り取ります。
苦味の強い部分だそうなので、
それはもう親の仇ってくらいにゴリゴリと。





Photo_2

スライスしたものを塩水につけます。
浸ける時間を多くすればそれだけ苦みが抜けるらしいので、
ゴーヤ初心者の自分はたっぷり10分。






苦味が取れると分かった途端に、この有様…。
ついさっきまでブートキャンプ云々と言っていたのが嘘のよう。

まあ、やっぱりベストは「美味しくて体に良い」ですよね!?

これだけ対策を講じれば、
苦味のやつも大分、大人しくなることでしょう。

あとはこれを他の具と炒め合わせて卵でとじるだけでオッケー。

まずは豚バラ肉を炒めます。
強火でカリカリになるまで炒めるのがポイント。

Photo_3




気分は一気に最高潮へ…。







しかし、束の間の幸せもここまで…
いよいよゴーヤの出番です。

苦味を抑えたとはいえ、ゴーヤはゴーヤ。
断腸の思いでフライパンへと投入します。

Photo_3



すべては体のため…






最後に豆腐を入れると完成。

さあ果たしてお味はというと …

憎たらしい程にニガイ!!

苦味を抜いても、なお、この貫禄。
正直、憤りの感情を覚えずにはいられませんでした。

あの下ごしらえはなんだったんだと…

でも考えてみれば、楽して夏バテを解消しよう
という発想自体、甘かったのかもしれません。

それはブートキャンプで言えば
「最終プログラム(7日目)」から初めて痩せようとするようなもの。

苦労をせずに手に入るものなんてない…
僕はそのことを今回のゴーヤチャンプルーから学んだような気がします。

でも、次回はきっと
「美味しい 夏バテ料理」の検索ワードで料理を探そう、
と思うしまさくでした。

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砂上に眠る一等星 ~ホクトベガ~ Vol.2

~交流競走10連勝~

7歳になっての初戦にダート交流競走、川崎記念に出走した。
エンプレス杯で圧勝したコースだが、今度は相手が違う。
日本ダート界のスターホースが何頭も居た。

しかし、このレースでも彼女は5馬身の着差をつけて圧勝した。
そして、中央競馬のダート競走最高峰であるフェブラリーSをも
危なげなく勝った彼女の目標を、管理する中野調教師は
世界の桧舞台、ダート世界一決定戦ドバイワールドカップに定めた。
それを引退レースにするという。

ダートの女王誕生に、競馬ファンは熱狂した。
G1優勝馬ではあったが、今ひとつ地味な印象のあった彼女は
歴史に残る名牝としての道を驀進し始めた。
世界の高く厚い壁も、ホクトベガならば、と
競馬ファンそして関係者の夢は膨らんだ。

余談だが、私レグルスが通っていた大学は車で20分ほどで
美浦トレーニングセンターに行ける距離にあった。
その大学への進学理由は、想像に難くない。
大学の同級生には、トレセン内で働く人の家族も居て、
毎週の様に美浦には遊びに行っていた。
その中でも懇意に接してくれた人に中野調教師が居た。
フェブラリーS優勝時に花束を手に中野さんに会いに行き、
ホクトベガにはニンジンのプレゼントを持っていった。
厩舎に佇む彼女は僕が持っていったニンジンを食べていた。
その前で、ドバイへの夢を語ってくれた中野さんの眼差しを今も忘れない。

その後、ホクトベガはダートでは無敵であった。

ダイオライト記念(船橋)、群馬記念(高崎)、帝王賞(大井)
エンプレス杯(川崎)、南部杯(盛岡)、浦和記念(浦和)
96年、彼女が7歳時だけでダート8連勝。
年を跨ぐと、ダート交流競走10連勝という前代未聞の
大記録を達成した。

8歳時に川崎記念を連覇し、ここまでの成績は41戦16勝だったが、
ダートだけの成績だと14戦12勝となる。
ダートでの優勝した競馬場の数が8場というのも凄い。
コース形態、馬場状態、砂の質等、
その差をもろともせずに勝ちまくる牝馬。
地方競馬の競馬場に雪崩れるように中央競馬のファンがやってきて、
そう大きくは無い地方競馬場のスタンドを埋め尽くす。

彼女は、単なる「強い馬」ではなく、中央と地方とを結ぶひとつの象徴
としての役割を果たすようになっていた。
北斗に輝くベガとは、七夕の織姫星のこと。
縁結びは彼女の宿命だったのかもしれない。

(To Be continued)

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2007年8月 3日 (金)

真夏の夜は夢幻か夢現か

夜もふける頃、東京駅を出て空を見上げると、
変な様子で半弦の月が浮かんでいて、ちょうどそこは
丸ビルの空なのだが、そこに丸ビルの姿は見えない。
そんなことはあるまい、と目を疑うが、所々に水溜まりのある
原っぱがあるのみで、やはり、そこに丸ビルはなかった。

翌朝、確かめに出かけると、「丸ビル前」というバス停は
あるのに、目の前に丸ビルはない。
道行く人に訪ねても、知らない、と言う。
「さっきもそんな事を云った人がありましたが、一寸私には解りませんね」

新聞社に勤める友人にこのことを伝えるも信じてもらえず、
二人で確かめに出かけるも、丸ビルはやはりないので、
友人は腰を抜かしどうかしてしまうのだった。

翌日、用事があって丸の内に行くと、そこにはもとのままに
丸ビルは建っていた。

『帰りに一旦外に出て、もう一度振り返って丸ビルの建物を眺めたが、
 全く変わったところもない。しかし今まで自分が知らなかったので、
 これだけの大きな建物になれば、時々はそう云う不思議な事も
 あるのだろうと考えた。その後で、昨日まで生えていた草は圧し潰された
 に違いないが、水溜まりの上を走っていたあめんぼうは何処へ
 飛んで行ったろうと云うことが気になった』

上のお話は、内田百間(ケンは門に月)の短編小説『東京日記』の中の一話。
この小説には、上のように、現実と幻が交錯した世界というか、
あったかもしれない別の世界に主人公が足を踏み入れてしまうお話が
断片的に寄せ集められた作品で、東京の日常の延長上に展開される
不可思議な世界は、夏目漱石の『夢十夜』の10の夢物語のように、
あるいは、萩原朔太郎の『猫町』や柳田国男の『遠野物語』のように、
狐狸に化かされたような気持ちにさせてくれる大好きな小説です。

変な世界に行ってしまっても、主人公は特に何をするでもなく、
それはそれは淡々としています。ある日丸ビルが消えていて、
「これだけの大きな建物になれば、時々はそう云う不思議な事も
あるのだろう」とぼやく泰然自若っぷりがクールです。

と、これは夢のような小説のような夢の話なわけですが、
徹夜明けで疲労と睡魔の限界を彷徨っている夏の真っ昼間には、
体が起きていて脳が寝ている状態になっていて、何もかもが
ぼんやりして夢と現実の区別がつかなくなることがあります。
そんなときは、価値判断や驚愕の基準もガタがハズれているので
確かに、ビルひとつ消えたくらいでは驚かないかもしれないですが。

そういう状態になりやすい季節がやってきました。夏です。
夢現(ゆめうつつ)の夏バテには十分気を付けましょう。
この夏が皆様にとってよい夏となりますように!

Nikki_3

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