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2007年6月29日 (金)

どうせ聴くならこの一曲

title:Music in my Heart 4'20''
(albam.Music in my Heart T-02  1979)

artist:Kathryn Moses

お薦め視聴時間帯:
夕暮れ時

ジャンル:刹那爽やかジャズサンバ

Kathryn_moses_music_in_my_heart










最近つくづく思うのは便利な世の中になった事について
比較的マイナー?なジャンルの音楽を好んで聴く私にとって
ネット通販というものは最早必須な購入手段になってきた。
検索したアーティストやアルバム名からそのまま購入手続きまで
踏めるネット通販は私の心を掴んで離さない魔性の女になりつつある…

ただ、そんな「便利なネット通販を利用する私」が生み出す副産物として
真っ先に挙げられるのが"積みCD"である。
クリック一つで購入できるのでついつい購入しすぎてしまう私は
さながら毎夜、ホストクラブに通う事をやめられなくなってしまった主婦やギャルのようだ。

積んだまま聴いていないCDを見るに耐えられなくなった私は
日がな一日、CDを聴いて過ごすという、聞こえはいいが「ただ単に暇だったんでしょ?」
というツッコミが来たら耳まで真っ赤になってしまう様な過ごし方で休日をエンジョイした。


そんな暇人且つシャイボーイを虜にしたイントロがあった。
荘厳で切ないヴォーカルとギター。

それが"Music in my Heart" だった。
艶があり透明感のあるヴォーカルにしばらく聞き入っていると開始50秒あたりから
この曲は突如サンバ調になる。刻まれるサンバのビートに乗って爽やかなフルートの音色
と若干ヨーデルっぽいスキャットが奏でられ、荒んだ暇人の心を癒していった。

このアルバムでヴォーカルとフルート及びサックスを演奏しているキャスリン・モーゼスは
オクラホマに生まれ、大学でフルートと声楽を学び、カナダのトロントに移住した。
その後カナダの代表的なアーティストとして名前を挙げられる程に成長していった彼女は
まだしばらくの間はネット通販と共に私の心を掴んで離さない
魔性の女として私を悩ませる事であろう。

けみぼん

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2007年6月26日 (火)

さよならipod? その2

前回、バッテリー交換により奇跡の復活を遂げた私のipod。

その4日後…。
あれは上野御徒町のホームで電車を待っている時でした。
突如止まるipod。
アレ、停止押しちゃったかな…?
画面を見ると、


Photo_18





出ましたフォルダアイコン。

しかし、たいがいのipodの不調はリセットすれば直ります。
再生とメニューを同時押しでリセット。
無事にアップルマークが出てきました。
がまたフォルダマーク。そしてアップルマーク。
どうやら再起動を繰り返しているようす。

こりゃバッテリー上がるまで待つしかありません。

家に帰って色々インターネットで調べて、
ipod update、修復を試みるが無理。
ディスクモードにしてpcに繋ぐとpc自体が起動しない。
…これやばいかも。

ということで裏モードみたいのでチェック。

Cimg3328_1

※アップルマークが逆さまになったら裏モード





その結果。

Cimg3326_1


無情にも「HDD FAIL」の文字が…。
やっぱりハードディスクが逝ってます。

こうなりゃやってやる!hdd交換!
ここらへんで、ふと思ったんですが
「自分は何かのオタクなのか」
と非常に心配になってきました。



Cimg3329Cimg3330

新たに買ったHDDは東芝のMK8007GAH (左)
元々ipodに入っていたのも東芝のだけど
アップルマークが付いてます。(右)




で、手こずったのは。
1.相変わらずカバーが外しづらい
2.HDDの端子がうまくはまらない
3.PCがipodを認識しない
4_10





1_22





とまぁ色々あって(←省略)第三世代ipodを80GBにして大成功。
8



中に入ってたファイルは消えたけど…。


バッテリーとHDD復活でかかった費用は

バッテリー5000円ぐらい
HDD24,000円ぐらい

合計29,000円ぐらい
買った方が良かったんじゃなかろうか…
と思いました。



ジュニア

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2007年6月22日 (金)

第Ⅹ回 新宿三丁目(鉄板焼き)

Menyu

・・・・・・・・・・・・・・・・・ 祝!10回 ・・・・・・・・・・・・・・・

季節の変わり目 梅雨も感じず暑い日々がつつい

ていますが、皆様 スタミナ不足気味ではないでしょうか。

スタミナ不足の方には精をつけていただきたく

今回は肉料理をご紹介いたします。

今回の店は新宿三丁目にあるNiku12

創業60周年を迎えた『ビフテキ屋あづま』です

鉄板焼きが主流でメニューの中から好みの

物を選ぶ事が出来ます。

たとえば『しょうが焼きとクリームコロッケ』といった

選択が出来ます。

Miku_3_1

今回、わたしが選んだのは単品もので

『サーロインステーキ』をチョイスしました。

(実は、体力が落ちています。)

写真にも載せましたがボリュームがあり、

お肉ちゃんが柔らかいです。付け合せも味付けも良く、

料金もリーズナブルです。

これから暑い季節へ突入しますが、スタミナ不足に

ならないよう外回りがんばりましょう!

場所は末広亭の近くです。

 

 

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2007年6月19日 (火)

メカ。

幼い頃、
壊れたビデオデッキやコンポを分解してみたり、
「ガンダム」など、ロボットアニメに惹かれてみたり・・・
(世代がバレますね。)

心のどこかで「メカニカル」なモノを好む
男性って案外少なくないと思います。

そんな例に漏れず、
私も「メカ好き」の一人。

これまでの私のブログをご覧の方は
もしかしたらお気づきかもしれませんが・・・。

メカを構成する上で「金属」って、なくてはならない存在ですが、

私の場合、
素材は鉄のように劣化するものよりも、
ステンレスやアルミのように、傷はついても
錆びたり、朽ちたりしないもののほうに魅力を感じるようで、
無機的なモノに対しては普遍性(強さ)を好む嗜好があるようです。

皮革のように有機的なモノに対しては以前にブログで書いた通り、経年劣化(弱さ)を「味」として魅力に感じるのですが。

まぁ
「愛着」を持ちたいとか、
「愛着」が持てそうとか、
そういう感覚はどちらにも相通じるところなんですが、
「質」によって、嗜好も変わるようです。

で、金属でできた工業製品で
特に惹かれるのが「金属音」。

金属製品が発する「音」というと、
不快なイメージが先行する方も多いかもしれません。
聴力に優れている犬などは金属と金属が触れ合う音をひどく嫌うともいいますしね。

でも私の場合、
金属と金属が「触れ合う」音に
ミョーな魅力を感じます。

例えば、

・クルマのドアの閉まる時のドアキャッチャーの音。
―今でも基本設計が古いクルマなどは、ドアが閉まる時「カチャ」って音がしますよね。アレです。

・旧式の一眼レフのカメラのシャッターを切った時の音。
―デジタルカメラでもこの音は味わえるのですが、やはりアナログの魅力にはかないません。

・機械式時計のリュウズを回すときの音や、時計内部の歯車が回る音。
―耳をすまして聞き入ると心が癒されます。

・マウンテンバイクなど、多段式の自転車のギアを変える時の音。
それに共通しますが、リール(釣りの)を巻くときの音。
―ツーリング(自転車の運転)や釣り自体にはあまり興味がないのですが。

等々。

どちらかというと、精密な歯車同士が
「噛み合う」ような金属音が好きなようです。

形や性能だけでなく、「動作音」でモノを買う・・・。
モノを購入するときの選択肢として、そういう選択もアリなのではないでしょうか。

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2007年6月15日 (金)

記憶と記録

初めまして。
ブログピンチヒッターの【レグルス】です。

私は競馬が好きで、付き合いはかれこれ十数年となります。
勿論ギャンブルとしての競馬も好きですが、
歴史を感じさせる血統、個性の強い馬達に魅力を感じずには居られません。

私の好きな馬の1頭に「ラガーレグルス」という牡馬が居ます。

1_21
私の名前の由来になっている馬です。
ディープインパクト・ナリタブライアンのような華々しい戦歴では
ないので、ほとんどの人は彼のことを知らないでしょう。
しかし、彼を知れば知るほど悲哀と激励の情が産まれて来ます。
そんな馬「ラガーレグルス」の事を話してみたいと思います。

天皇賞馬サクラチトセオーを父に持ち、1999年9月にデビュー。
前評判通り順調に勝利を重ね、12月に初重賞制覇。
来年のクラシック候補生としてスター街道を歩み始めるのであった。
彼の持ち味は、強烈な末脚。
直線だけで他馬をゴボウ抜きする様は、見るものを圧巻させた。
生まれつき持った驚異的な闘争本能が成せる豪脚だった。

しかし、その闘争本能が彼の運命を大きく揺るがすことになる。

年が明けて2000年2月、共同通信杯で事件が起きる。
前年の活躍で、2番人気までファンから推し上げられていた。

スターターが台場に上がり、各馬がゲートに誘導され、
スタートが切られた。
その時、東京競馬場に駆けつけていた数万人の悲鳴が木霊した。

「ゲートから出ない馬が居る」
各馬が一斉にスタートし先手を争っているというのに、
未だにゲート内で立ち止まっている馬が居たのだ。

彼だった。
闘争本能が上がりすぎ、ゲート内で放心状態になってしまったのだ。

ようやく騎手に押し出されるようにゲートを出たのだが、
その時既に前方の馬とは20馬身以上離されていた。
1800mのレースでの大幅な出遅れは完敗を意味する。
しかし、彼は諦めず能力だけで11頭中7着で入選した。
タイムは1506。1位の馬から0.9秒差だったことを考えると、
ゲートさえ上手く出ていれば、圧勝だったことは誰もが頷く所であった。


Photo_212
結果的には残念な着順で終わったが、
ファンの脳裏に、彼の能力と強烈な個性を印象付けるには十分だった。
また大幅な出遅れというのは、そう起きるわけではない。
ある意味、事故と一緒。笑い話の一つとしてファンの中でも消化されていた。

能力が高い事は実証済みであり、案の定次走の弥生賞では
普通にゲートを出て、強烈な末脚で3着に滑り込み、
G1皐月賞への出走が決まった。

この年はアメリカから輸入された種牡馬サンデーサイレンスの産駒が活躍していた。
その中で、日本で生まれ活躍したサクラチトセオーを父に持った彼の活躍は、
北海道の馬産地からも夢と希望を託されていた。
外車に対抗する日本車の意地といったところか。
彼は能力以上に、様々な方面から注目される存在になっていた。

そして迎えた皐月賞。
1番人気は重賞連勝中のフジキセキ。サンデーサイレンスを祖父にもつ馬だ。
2番人気はサンデーサイレンス産駒で弥生賞で2着になった、エアシャカール。
そして、3番人気がラガーレグルスであった。

18頭立1枠1番だった彼はゲートに入る時も、1番先に誘導される。
他の17頭をゲート内で待たなければならなかった。
この後起きる大事件の伏線は、既に始まっていた。

Photo_213
闘争本能が極端に高い彼は、他馬を待つ間も当然テンションは高まっていた。
必死に騎手が宥めるが、最後の1頭がゲートに入った時に、
そのテンションは沸点を超えてしまった。
ゲートが開いた瞬間、彼は感情が抑えきれずゲート内で立ち上がってしまい、
騎手を落馬させてしまった。
当然、この時点で競争中止である。
その後も中々ゲート内から出なかったが、他馬が周回してくる前に
なんとか馬・騎手・ゲート共に馬場の外に出すことが出来た。

その後、彼はゲート試験に不合格になり、競走馬登録を抹消することになる。
ファンが多かった馬なので、署名運動やマスメディアをも巻き込んだ論争となった。
しかし、サラブレッドとして産まれたからにはルールを守らなければならない。
能力があるのに、強すぎる個性の為に彼は引退せざる得なかったのだ。

彼への見方は様々あると思う。
ゲート審査という最低限の競走馬としてのルールが守れなかった彼を、
駄馬と罵る者も居るだろう。

能力が有りながら自虐的に退路を築いた彼に対し、
同情の眼差しを向ける人間も居るだろう。

私はというと、
このブログで7年の時を経て、彼を書いている事が事実である。
毎年G1優勝馬は述べ20頭いる。
彼が活躍していた時代から数えると140頭も出現している。
しかし、私の頭には今も鮮烈に彼の記憶が刷り込まれている。
私以外にも、彼の存在を覚えており愛して止まない競馬ファンは沢山居る。

確かに記録として残らなければ、現役時代恵まれる事も無いだろう。
記録という礎を築かなければ、将来裕福な余生を送ることも出来ないだろう。


ただ、人間も一緒でやがて人生には終止符が打たれる。
生きる幸せは1人分かもしれないが、想われる幸せは計り知れない。
本当にその人生が良かったかなんて、終の時まで分からないと思う。


私は家訓として
「死ぬときに笑っていれば、人生勝ち組である」と教えられてきた。

頑張れば誰だって1位は取れる。
巨万の富を得る事は、そんなに難しいことではない。
ただそれがイコール、周りから愛されて慈愛に満ちた人生かと
言われるとそうでもない。

私は彼の姿から、
記憶に残る個性を大事にする事、
記録に残せることの有難さと
人に想われることの幸福を教わった気がしました。
その様な社会人、人間になれれば幸せだな。。
と思う三十路のレグルスでした。

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2007年6月12日 (火)

矜持

以前個人的な旅で、江田島にある旧海軍兵学校に行ったことがあった。

海軍兵学校というのは戦前の海軍将校を養成する学校であり、
現在は海上自衛隊の第1術科学校であり幹部候補生学校となっている。

その中の施設に「教育参考館」というのがあり、海軍将校の書や特攻隊員の遺書などが
展示されていた。

遺書は10代後半から20代前半が多いが、その内容は現代の同年代に到底書くことができないであろう教養の深さを感じさせ、大義に殉じる思いには涙を禁じ得なかった

作家三島由紀夫が自殺の一ヶ月前にその遺書を読み、
「すごい名文だ。命がかかっているのだからかなわない。俺は命をかけて書いていない」と言って、声をあげて泣き出したという話を聞いたこともある。

フランス人ジャーナリスト、ベルナール・ミローは、驚くべきこととして、
「真の特徴はこの行動を成就するために、決行に先んじて数日前、ときとしては数週間、数ヶ月も前から、あらかじめその決心がなされていたという点にある。」
とし、
「我々西欧社会のあいだにあまりにも普及して通説になってしまっている観念、すなわち彼らが人間らしい感情をもち合わせず、人間の尊厳について無感動な、いまわしい集団心理に踊らされた動物だったという見方に、真向から痛撃を加えて、それがいかに甚しく誤っているかということをいやおうなく悟らしめるのである。」

「このことをしても、我々西欧人はわらったり、あわれんだりしていいものであろうか。むしろそれは偉大な純粋性の発露ではなかろうか。日本国民はそれをあえて実行したことによって、人生の真の意義、その重大な意義を人間の偉大さに帰納することのできた、世界で最後の国民となったと著者は考える。」(著作「神風」より引用)

今回の旅、知覧の特攻平和記念館を訪れ、偉大な先人への思いを新たにした。

ベルナール・ミローは西洋人の偏見に対して述べているが、
現代の日本人に対しても何かを気づかせてくれるものではないかと思う。
                                              わびすけ

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2007年6月 8日 (金)

「報恩」

今回は鹿児島「報恩旅行」後、初のBlogですが、報恩旅行については、みんなが掲載すると思うので、内容がかぶるかもしれませんが、僕が感じた報恩についてお伝えします…。

今、僕はグロービス・マネジメント・スクールのクリティカル・シンキングという思考系科目クラスを受講してます。
授業の課題の中で「社員旅行の賛否について」反対意見で理論を構成してみましたが、今回の社員旅行は、企業理念について大きく関係する旅行でしたので、大いに「報恩」を体感して来ました。元々の考えは旅行は賛成なんですけどね。。。


Photo_214 今回の旅行で特に、知覧は本当に胸が詰まりました。言葉が出なかった。今抱えてる僕の悩みなんて、戦時中ここで過ごして来た人達にとって、どれだけチッポケなものだろう…。一番衝撃的だったのは、特攻隊で亡くなった方の遺書の中に

「これからのわが国の平和の礎の為に命を捧げられる事を誇りに思う。」

と書かれていた内容です。当時僕よりも全然若い青年が、国の為に死んでいく…。戦争を知らない時代に生まれた僕にとって、衝撃を受けた言葉でした。「報恩」と言う言葉の本当の理解を今回の旅で体験した事により、これからの仕事やプライベートで、活かしていかなければならないと感じました。

Photo_215 石原都知事総指揮の映画「僕は、君のためにこそ死ににいく」で出た、鳥濱トメさんの「富屋食堂」。今は資料館になってますが、トメさんが今を生きる人達に残したいメッセージが、ここに来れば見れます。報恩の気持ちが薄れそうになった時、ここにまた来たいと思いました。


Photo_217  さて、前回のBlogでチャンピオンズリーグについて触れましたが、ACミランが雪辱を晴らしましたね。報恩旅行出発当日の夜中に放送しましたが、見ちゃいました。今シーズンのミランはイタリアサッカー会の八百長問題でペナルティが課せられ、なかなかチームとして機能しない中、シェフチェンコが抜けて、ミランの弱点とも言えるべきFWであるインザーギが2点決めて勝ったのが良かったですね。中でもやはりKAKA`は上手かった。ロナウジーニョのような派手さはないが、キレ、ボディバランス、パス、シュートセンスは、ずば抜けてますね。今年のバロンドールは(間違えなく)KAKA`でしょうね。個人的にはアドレナリン全快でプレーするガットゥーゾが好きなんですけどね。

Photo_218 最後は久々にテレビで癒されました、「すべらない話」。ビデオを夜中1人で大笑いしながら観てました。キム兄の“車屋さんのキクチ”の話しは最高でした。この番組では千原Jrがいつもキム兄の話しをネタにしてましたが、ようやく出るべくして出た感じで、楽しみに観てましたが、ホントすべらないなぁ…。

それでは今回はこの辺で…。

暑かったり、寒かったり、これから梅雨に入りますが、体調管理は気を付けて過ごしましょう!

あっ、ちなみに…以前のBlog「人生初」で、骨折した腕にボルトが入ってて、飛行機乗る際、金属探知機に反応するか?って話し…。鳴りませんでした…。

そんじゃまた!!

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2007年6月 5日 (火)

餃子

「土曜は餃子の日」

という言葉をご存じでしょうか?
この言葉…
所以は、土曜なら次の日を気にする必要がない、
というところから来ています。

平日に食べようものなら翌朝に
「昨日食べたでしょ」と言われることは必死です。
だからこそ土曜日。そう、土曜日はまさしく餃子を食べるには格好の日なんです!


…というのは、全くのデタラメで(すみません…)
とにかく先週の週末に餃子を作りました。

餃子といえば僕の大好物、
唯一無二の存在といえるかもです。

そんな僕の餃子好きを物語る逸話がひとつ。

自分の家族のなかで
「誕生日は好きな食べ物をリクエストできる」というルールがあります。

大抵は寿司だとか焼き肉が相場になるんですが、
自分はというと…

2001年 餃子
2002年 餃子
2003年 餃子

…という有様(汗)
断固として餃子をリクエストし続けた経歴の持ち主です。

まあ、中国ではお祝いごとのときは必ず餃子が出るみたいですし?
ある意味中国式なんじゃないかなーなんて。
(ちなみにあちらでは水餃子がメイン)

それはさておき、
以下、餃子作りの一部始終をつらつらと書かせていただきます。

 
Photo_8

少し多めに5人前。
僕の場合、これくらいでなければ心もお腹も満たされません。






白菜を茹でて微塵切り。続いてニラを微塵切り。
くわえてショウガ、ニンニクを微塵切り。


Photo_17


何の技術もいらないところがナイス!







それらをこねた豚肉と混ぜ合わせ、調味料を加えると餡が完成。



2


これを皮に包みます。







さあここまでは一本道。本題は「焼き」です。

外パリッ中ジューシーは美食界の共通言語ですが
それを実現できるか否かがこの「焼き」にかかってます。

フライパンに油をしき、皮の表面に焼き色がついたらお湯を注ぎます。
(餃子がなかほどまで浸かるくらい)

お湯がなくなったらいよいよ審判の時。
フライパンと餃子の間にヘラを差し込んで…引きはがす!
このとき、餃子の底をフライパンに残したまま剥がれたりなんかした日には
もう卒倒もの!

ドキドキしながらそっとヘラを皮下に滑り込ませます。
そして…

Cajmyl73


見事成功!

このときの安堵と喜びといったらもう…。
これが味わえるのも料理の醍醐味ですね。

あとはもう至福のひととき…
ダイエットを忘れ心行くまま餃子を堪能したのでした。

あ、日曜日は何にもないんだ?とかは言っちゃだめです

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2007年6月 1日 (金)

鹿児島絵巻

社員旅行で鹿児島へ行きました。

100_0407_2100_0408_1鹿児島流。

マーキュリーの企業理念(Mission Statement)は『報恩』。
今回の旅行は単なる社員旅行という以上に、企業理念として
掲げている『報恩』の考え方を、マーキュリーの社員全員が
より深く理解するという目的をも兼ねた旅行でした。

100_0505_1100_0509_1 車窓より島津雨。

「恩に報いる」と書いて「報恩」。「恩に報いる」と言うと
単なる「恩返し」的な概念を想起してしまいがちですが、
そのようなギブアンドテイク的、表面的な捉え方を払拭し、
報恩に込められたより深い思想の片鱗に触れることができた
旅となりました。九州初上陸、旅愁の狛犬です、こんにちは。

今回の東京砂漠では、狛犬なりに報恩について思ったことを
綴ります。無関係な?写真とボヤキをを交えつつ、鹿児島絵巻。

100_0451_1会社の創立記念でもあり・・

幕末維新の英雄たちを突き動かした思想の気高さ。
その思想を命にかえてまで実際に生き抜いた人々。
彼らが残したものと、残せなかったもの。あるいは特攻隊の
青年たちが生きた(そして生きなかった)人生の意味。
写真に残された彼らの清々しい笑顔が我々に突きつけるもの。

100_0530_1 100_0420_1 大樹、西郷隆盛像。  

などなど、21世紀の文明社会を謳歌する我々にとって、
深く考えさせられることの多かった二泊三日で思ったのは、
自分一人で生きているのではなく、様々な人々の支えのもとに
自分は生きているのだという自覚と、その自覚の中に生きるとき
人は優しくなれるのだな、真摯に生と向き合えるのだな、
という、言葉にしてみれば当たり前とも言える事実です。

100_0592_1000_0090_1桜島の風景。

精一杯生きることに喜びと感謝を。日常にもっと意味を。
無数の、本当に無数の人々の生活や思想や犠牲の上に
自分というのが在り、自分もどこかの誰かを支えている。
「世界」という壮大なスケールの舞台のど真ん中に自分は
いま立っている、という絶対的な認識。
(「世界内存在」的な感覚/ハイデガー

そして、自分のため以上に誰かのため、何かのために生きて
みたくなる。誰かの幸せのために、誠実に、今を生きる。
社会に対する自分の使命を自覚し、その道を進む。
(「アンガージュマン」的な参加意識/サルトル

100_0594_1

ここで報恩の概念は、見事に西洋近代哲学の概念と直リンクです。
実存主義のサルトルも、『存在と時間』のハイデガーも、彼らは
世界を前にしていかに個人が自己実現し得るかを、存在論的に
突きつめて考察した哲学者でした。それは形而上学的な哲学ではなく
あくまで「生きるための」哲学であったことは重要なポイントです。

恩を感じるだけでは意味がなくて、それ(恩、世界=社会)に
対して報いるために、自分は何ができるのだろうか・・などなど
真剣に考える機会を与えてくれた旅行となりました。

このように「崇高な思想」が「当たり前のこと」として感じられる
心を忘れずに、それを生かして「生きたい」ものだと思いました。

総括。この世に崇高な思想などない。
凡そ思想は全て崇高であり、それは生きられる為に在る。狛犬

100_0543_1

いにしへの道を聞きても唱へても
わが行いにせずばかひなし

 


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