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2006年11月 2日 (木)

Better than リッツカールトン !

リッツのクレドが有名になって久しい。それに関する書籍も数多く出回り、経営者や人事関係者にはホットな話題である。クレドの真意と本質そのものを深く考察してみたいと思っていた折、クレドのセミナーに参加。2回目にあたるそのセミナーの今回のプレゼンテーターはジョンソン・エンド・ジョンソン社の方。

その歴史を紐解くと、実はクレドはJ&Jで1943年に「Industrial Credo」と命名されて作られたものが始まりであり、その後1948年に「Our Credo」と改名され、現在のJ&Jに脈々と受け継がれる価値観として浸透している。そう、J&Jがクレドの生みの親であり、リッツのクレドはそれを参考にしているとのことで、情報交換も頻繁に行われているらしい。

そのセミナーでは、J&Jの会社説明から始まり、クレドの生まれた背景やクレドに謳われる精神、そしてその浸透方法についてなどなど、本当に有益な内容が満載。人事や組織の専門用語が日本語と英語で普通に飛び交っているため、参加者がどこまで理解できたかは不明だが、少なくとも僕にとっては“すべて”「府に落ちる」ものであった。


頷きながら聞いていたが、それと同時に多くの経営者とのクレドの話の中で、彼らが理解しているクレドが間違った解釈であることに気付く。クレド=社員が守るべきルールに直結しているのだ。そもそもクレドとは、僕が解釈するに、「企業のミッション(使命)に深く根ざした社員全員が遵守すべき組織価値観とそれを行動ベースに落とし込んだ主体的行動基軸」であると思う。

つまり、社員が守らなくてはならないものであるのは同じなのであるが、「社員を縛るルール」か、「組織の根幹を深く解釈した上での規範的行動」が最大かつ重要な相違点である。


⇒どういうことか?

経営する上での最上位に重要なMission/Vision/Valueが明確化していないのに、クレドなんぞ作っても意味がない!ということだ。それらなくしてクレドを作るのは、「クレドという名の経営陣にとって都合のよく社員を縛るルール」でしかない。そこを勘違いしては意味がない。

J&Jやリッツのクレドには必ずMission/Visionで謳われる本質が加味されている。彼らの言葉を拝借すると、「地域社会に対する責任」が埋め込まれている。つまりそれは企業のMission=使命に端を発するものであり、全てが相互に密に関連し合い、組織のコアバリューを形成しているのだ。


そして何よりも嬉しかったこと。J&Jには「クレドーオフィス」という「事業部」がある。その名の通り、クレドを浸透させることを使命とした事業部。そこで、我々経営陣が新たに構築してきた自社のを振り返ると、Mission/Vision/Valueの策定・浸透後、Value(≒Credo)を浸透させる自主的スペシャルチームを結成することを勧め、運営までをサポートしている。つまり、「部」か「有志」かは別としてもクレドーオフィスと同じ機能を自社組織に埋め込んでいることになる。しかも仕掛ける我々経営陣が完全に同義にクレドを捉えた上で、図らずしてその素晴らしき機能を有しているのだ。そう、それが「MACOCORO会」である。

J&Jが組織として浸透事業部を持っているのに対し、我々は「価値観浸透徹底のために“自主的に”集まったチームを持っている。この主体性がJ&Jよりも優れていると胸を晴れるところである。その誇り高きメンバーたちと共にスタッフ皆でより素晴らしい組織を作っていけるようバックアップする共に、自社のクレドを策定するのもいいかもしれない。価値観とそれに基づくクレドが浸透し、スタッフ自らが守れるようになったとき、組織はどんな外的環境下でもブレずに成長できる非常に強い組織になっているのだ。

早速2月を目処に模索を始めることとする。

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コメント

“MACO便り 創刊号”『態度を選択する』から1年。
1期生として、MACOCOROスタッフの一人として、
どれだけ働きかけることが出来ていたのだろうか・・・。
2期に移行する今月、改めて振り返り考えてみようと思います。

投稿: MACO staff | 2006年11月 9日 (木) 00時02分

主体性を元に各々が目標に対して真摯に向き合い
達成できたときにすばらしい会社になるのではないか
と自分は本気で考えております。

投稿: けみぼむ | 2006年11月22日 (水) 11時30分

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